「ば、じる・・・さん」

ぶつかった相手を見上げて、そう呟く。
目の前にいる彼は、優しそうな笑顔を向けてにこりと笑っていた。

「親方様方が心配しています。さぁ、帰りましょう」
ね?と気遣うように向けられた手に、反射的に一歩後ずさった。
それにバジルは困ったような笑みを浮かべて、失礼します、と一歩前に出る。

小さな攻防戦。

負けが見えているのはハルで、それでもなお足が逃げ出そうと動き出すのを止められない。


「はる、は」
一体、何がしたかったんだろう。
ツナさんから逃げ出して、たったひとり、ここまで逃げて。
そうして、バジルさんに連れられて、帰るのだろうか。

ここまで、きて。


「っ!」

振り返って、走りだした。
目の前に入ったのは建設中のビルで、まだ鉄の板で形だけ作られたような、骨組みだけの建物。
もう、反射的だ。

「ハル殿っ!?」
走り出した足は酷く重くて痛かったけど、それでもまだ捕まるわけにはいかなかった。

だって、気づいてしまった。

気付いて、しまった!


「ハルは、まだっ!」
大事なことを何も伝えてなんかいない。
なんてことなのだろう。
あれだけ、綱吉に伝えてほしいと願っていたのに。

ハルだって、何も伝えていなかった。



「ハル殿!」
階段を昇る、昇る。
下からバジルの声が聞こえて、更に昇る。

ああ、まるで窮鼠のようだ。
逃げ場などない場所に、どんどんと追い詰められていく。
上にあがれば上がるほど、逃げ場なんてなくなるのに。

「・・・っ、はぁ・・・!」
階段が終わって、広い場所に出る。
空が近くて、地面は遠い。

「・・・ハル殿・・・。大丈夫です、ボンゴレは二人の味方です」
だから、帰りましょう、と手が伸びる。
逃げるようにじりじりと歩いて行けば、ついに端まで追いつめられる。


嫌だ。

まだ、まだ・・・まだ、何も変わってない。
手を差し出すバジルに、あの夜手を差し出してくれた綱吉が重なる。

あの人の手を取った、自分自身が何も伝えられていない!


「ハル殿」
――「ハル」

負けたくない、負けられない。
ハルはまだツナさんに、好きって言葉さえも伝えてきれてない!



「ハルっ!!」





幾千億の言葉さえも



( まだ貴方に伝えられてないわたしが、ここで負けるわけにはいかない! )