止める暇なんてひとつもなかった、と後に骸は弁解する。

ナイフを確認して何をするのかと思った瞬間、ハルは腰から広がるドレスを豪快にも膝上あたりで切り裂き始めた。
ぐいぐいと半ば力技で押し広げ、ぐるりと周ってドレスの膝丈から下が見事切り落とされる。
足もとまで精巧なレースで彩られていたレースは、哀れ膝丈から上を残してただの布と化した。


「ちょっと待っててくださいねー」
のんびりとそう告げたハルは、今度はまたもや美しいレースのついたガントレットを惜しみなく取り外して、手の平を覆う部位だけを切り取る。
切り取った先をたたんで骸の右目に押し付けたかと思うと、のこりでぐるりと頭に回して結びつけた。

包帯代わり。

そう気付いたときには反対側のガントレットで別の傷のところを結んでおり、足りない部分は切り落とした元スカート部分から比較的柔らかい布を引っ張り出して巻きつけた。


ヴェールを乱暴に取り払ったかと思うと、一度髪の止め具を外してクルクルと纏め上げる。

女性というのは何でこんなに見えない場所の作業が得意なのか・・・と若干骸はずれたことを考えていた。



「よいしょっと」

また骸は後に弁解した。
―――だから止める暇が無かったんですっ!!


片方のヒールを脱いだかと思うと、一気にその踵を折った。

普通女性の力で折れるものなのか・・・?と呆然と骸はその光景を見ていたが、どうにも彼女には折れるらしい。
柔らかい素材で出来ていたためか、若干反動はあったものの地面に真っ直ぐとついて、反対側もヒールを脱いだ。

ボキン、とまた音を立てて踵が折れる。

約7cmはあっただろうヒールはぽいっと元スカート部分の残りのところへと捨てられた。



「よし!これで大分動きやすいですよね!」
一仕事終えたようにスッキリとして言うのだけれど、骸はポカンとハルを見つめていた。
切り捨てたゴミをその辺のガラクタの影に押し込んで帰ってきたハルは、骸の表情に首を傾げた。

「はひ?どうしたんですか、骸さん」
どうしたんですか、じゃない。骸は激しくそう主張したくなった。


「・・・あの」
「はい?」

「女性にとってウェディングドレスって、一生ものじゃないんですか?」
これから結婚するのかしたのか、兎に角一度の(人によっては何度かあるかもしれないが)記念に残るものだと聞いた。

女性も働く社会とはいえウェディングドレスに憧れる女性・・・特に、夢みがちなハルにとってはかなり重要なものではないのだろうか。
そんな骸の問いに、ハルはあっけらかんと笑った。


「だって、逃げるとき邪魔じゃないですか」
なんとも男らしい返答である。

自信満々に言われて、いっそのこと自分がおかしいんじゃないかとさえ思いはじめた骸に、ハルは威勢よく声をあげた。
「さ、逃げますよ、骸さん!」
最終目的は、ボンゴレのところへと帰ること。

無力ながらも現在もう一緒に逃亡者となってしまったハルから伸ばされる手を取って、骸はええと頷いた。
「そうですね。逃げますか」
反対の手で槍を持って身体を支えながら起き上がる。


ここで死んでやる義理など毛頭ないのだから。
視線を交わして頷きあうと、骸とハルは歩き出した。





邪魔な物は切り落として



( 貴方のところに行けるなら、こんな綺麗な飾りなんていらないわ! )