その声は、一種の麻酔のようだった。


「ねぇ、ハル。ずっとずっと想い続けてきたんだろ?ずっとずっと、報われなかったんだろ?」

優しい声が頭にじんと響き渡る。
ずっとずっと彼からほしいと願っていたその想いを向けられて、ぐわんぐわんと頭を揺さぶられる。


「っ、やめ、やめて・・・っ、やめてっ、くださっ・・・!」
急いで耳に蓋をしてその言葉を聞かないようにしようとするのだけど、やんわりとその手を掴まれる。
それが酷く優しいから、尚更痛い。

「アイツが振り返ってくれたことがあった?アイツがハルを見てくれたことがあった?」

優しく優しく、悼むような声が耳を撫でる。
柔らかくしみこむような声にハルの涙は止まらない。

その言葉が、すべてハルへの想いでできているから、尚更。


「っ、で、いいん、ですっ!ハル、は!ハルは、ハルをっ、見てくれなくて、もっ!」

「嘘だよ」


ピシャンと否定するのは、やっぱり彼に一番こんな風に話しかけてほしかった声色。
いつだって彼からは貰うことができなかった声色。


「そんなはずない。ハルは好きになってほしかっただろ?アイツに振り向いてほしかった?そうだろ?」
その言葉はどこまでも優しくて、ハルは嗚咽を漏らすしか出来なかった。

掴まれた手首から伝わる熱に涙は止まらない。
どうして、どうしてこんなにも優しいんだろう。

「当然のことだ。ハルがアイツに愛されたいって願っても、全然おかしいことじゃないんだよ」
「うっ、うぇっ!・・・ふっ、うぇっ、く」

ボタボタと顔を伝い顎から落ちる涙は止まる気配がしない。
それでも涙を止めろと言わないその声は優しくて甘くて、まるで一種の麻酔のように思考を鈍らせた。


「ねぇ、ハル」

一際、甘さを含んだ声が、それでも尚優しく優しくハルを包んだ。


「俺なら、ハルを一人にしないよ。ハルをずっと見てるよ。ハルを泣かせたりなんてしない。ハルの傍にいるよ。ハルのことだけを考えてるよ。ハルをずっと抱きしめてるよ」


これ以上の言葉は聞いてはいけないと腕を振り払おうとしたけれど・・・振り払うことはできたけれど、あまりにも優しく握られていて振り払うことができなかった。
甘く、甘く、それは思考を鈍らせるように響く。



「ハル、愛してるよ―――」



その言葉が耳に届いた瞬間、ハルは優しい手を振り払って耳を塞ぎ逃げるように蹲った。
それ以上、優しい言葉が、一身にたむけられる愛が届かないように。




「ハルっ!」

息を切らせ転がるようにやってきたのは彼女の愛する彼だった。
その瞳は彼の性格には珍しく怒りと戸惑いに揺れていて、思わずため息を吐いた。

「おい、ハルになにしっ―――!」

その権利があるのだろうか、彼に。
ハルをずっとずっと泣かせてきたコイツに、こんな都合のよいときだけ怒れる権利なんてあるんだろうか。

彼女が耳を塞いでうずくまっていて良かったと思う。

こんな、姿なんて見せたくないから。



「彼女を・・・ハルを、泣かせたのはお前だよ、綱吉」


泣いているハルよりも泣きそうな顔で、瞳に怒りを宿らせ綱吉を睨んだ。








( きみがわらってくれるなら、ぼくはあくにでもなる )