きっと誰もが気付いていた。
けれど、誰もが気付かなかった。


コンコン、と軽快に叩くノックの音に綱吉は顔をあげた。
問わなくても気配でわかる。

綱吉は持っていたペンを置いた。


「どうぞ、入って。ハル」
若干の間をおいて扉が開いた。
「はひ・・・すみません、ボス。その、書類の追加です」



数日間の休養後以前と変わりなく復帰したハルは、以前と同じように仕事をしていた。
その間、何も起こらなかった。

ほら、大丈夫じゃないか。


「まぁ、書類の追加はハルの意思でどうこうってわけじゃないしね。それに、俺が見なきゃいけないやつなんだろ?」

決してハルは悪戯に書類を増やしたりなんていう嫌がらせをすることはない。
そうなれば、その書類は『ドン・ボンゴレが見なくちゃいけない』書類なのだから。

「そういえば、痛いところとかない?大丈夫?」
「・・・もぅ、ツナさんったら心配性すぎますよ?何日経ったと思ってるんですか?」
「ハルには心配しすぎが丁度いいんだって」

どうせ、無茶しかしないんだから。
そう言うとハルは困ったようにはにかんで、それからクスクスと笑った。

「酷いですよ、ツナさん」
「可愛い恋人を心配する、優しい恋人って言ってくれると嬉しいんだけど」
その言葉にハルはさらに笑った。


うん、大丈夫じゃないか。
この数日間京子ちゃんが心配することなんて起きなかった。

だから、大丈夫。


―――ハルちゃんは、誰かを庇って死んじゃうっ!


そんなこと、絶対に起きない。起こさせない。



「あのさ、ハル・・・来週の土曜日って予定があるかな?」
「?いいえ?ないですけど」

ハルがきょとんと首をかしげた。
昔の時にこんなこと言ったらハルはデートですかっ!?なんて言って飛び上がっただろうな。

「うん、ちょっと祝賀会に呼ばれちゃってさ」
本当はあんまり行きたくないんだけど、付き合いだし、交友とか同盟とかいろいろあるし。

「それに同伴するってことですか?ボス」
「うん、だけど、恋人としてね」

ハルを部下として連れて行くつもりはもとよりなかった。
何しろ護衛以外で男の部下を傍に置いといたら独り身だと思われるか、あらぬ方向に勘違いされるかだし。

その祝賀会の主役のボスには娘がいるわけだし。


きょとんとしていたハルがちょっと黙っていた後、はにかむような笑顔で笑った。


「はい。ツナさん」


ほら。何も怖いことなんて起こらないよ、京子ちゃん。
ハルは笑顔でいてくれてるし、超直感だって何も知らせないし、祝賀会の主役のボスもしっかりと同盟を結んだ相手だ。

だから、大丈夫。





感覚を麻痺させて



( 何も起こらないんだと目を閉じて耳を塞いで口を閉じて俯いて )