あの笑顔だけは、変わらずにここにあって。
でも、それは凄く凄くおかしいことなんだと、誰もが気付いていた。

彼女、以外が。




「いらっしゃいませ!武さんに、隼人さん!」

扉を開いた瞬間、ハルが目を一瞬見開いてから、にっこりと笑う。
まだ、傷は癒えてなんていないのに。


「いい匂いがするのな」
ニカっと笑う武と微妙な顔をしている隼人を見て、ハルはまた笑う。

「はい!マフィンを焼いてみたんです」
さ、食べましょう!


ハルが笑う。

情報部主任を失った情報部は、穴を仮にでもふさぐのに必死だ。
けれど、ここにはそんな騒々しさすらなくて。


「おー、楽しみなのな!」
ニカっと笑ってハルの後ろについていく武を見ながら、隼人は溜息を吐いた。



なるべくいろんな人がハルのところへと行ってほしい。

そう提案したのは誰でもない、この部屋を作り出した綱吉だった。
何がきっかけになるかわからないから。

簡単に外に出られるこの部屋を、彼女自身の意思で外へと出さすために。



「・・・甘く、ねぇんだろうな」
ここには争いも苦しみもない世界なのに、酷く恐ろしい。
「隼人さんがそういうと思って、ちゃんと甘くないのを作っておきましたよ!もう、そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないですか」
ぶーっと頬を膨らませて言うハルに、隼人は悪かったと小さく謝った。

その返答にハルはにっこりと笑って、台所に消える。



「・・・隼人」
「悪ぃ」
ぐしゃりと、隼人が前髪を掻きあげる。

あのひやりと芯の底から冷えるような風景を見ても・・・見たからこそ、この場所への不快感は拭えなかった。
痛みなど一切見せない、感じさせないあのハルの笑顔と行動に、生きた心地がしなかった。

あれは、きっと恐怖だ。


「けど・・・あれは無ぇよ・・・」

思わず語尾が震えていたことに、武は苦笑しながら知らないふりをした。
本当は、一緒に泣きだしてしまいたい気分だったから。

嬉しそうに笑う、怒ったように頬を膨らませる、まるで今までの生活をトレースしたかのように。
どこか、機械的な、表情。


「ハルはツナのためだったら、誰でも殺せるんだろうな・・・」
「ああ。それは、俺たちだって一緒だ・・・だけど、」

鼻歌を歌いながら紅茶の準備をしているハルを見る。
どうしてだろう、こんなにも優しい場所なのに。

「今のあいつには十代目を脅かすものは生きてる奴には見えねぇ・・・生に、生に執着できなくなったら、ただの人形じゃねぇかっ」


きっと綱吉を害するものを殺した次の日だとしても、ハルはいつものように笑うのだろう。
苦しみも、悲しみももたない笑顔で。





人形になったお姫様



( どうかもう一度息を吹き返して )