こんなことあってたまるか。


突然彼を初めて襲ってきた感覚は、きっと「泣きたい」と言うのだろうと、ずっと後で悟った。
今はただ思わずあふれそうになった言葉を飲み込むことしかできなくて、グサリと胸に刺さる棘が痛い。

それと同時に、この言葉を口にしてしまってもきっと何も変わらないだろうということがわかることが、さらに胸を抉った。


「リボーンちゃん?」

彼女の戸惑う声が聞こえる。
黙り込んだ自分を心配するように首をかしげる彼女に、いや何でもと首を振った。

笑え。
ポーカーフェイスは得意だろう?

何度も頭の中で反芻して、それから必死でそれを漏らさぬように堪えながら口を開いた。


「今日は、いい天気だな」


行ってくれないだろうか。

ピクニックでも散歩でも、ショッピングでも、それこそ登山だってかまわない。
外に出たいと、一言。

「そうですね!お昼寝日和ですー!」


ぐ、と溢れかけたそれを必至で抑える。

こんな感情にみまわれるのは初めてのことだった。
こうなった彼女と対面するのは初めてだからだろうか、なおさらそのショックは大きくて。
それでも傍目から見ていた、言葉にされ知っていた、あいつらの態度から何となくわかっていた。

けれど、その彼女が変わり果てた様を目の前で唐突につきつけられた綱吉は。


一体、どれほど泣きたかったのだろう。



「コーヒーを、入れてくれ」


会議室で手を真っ白になるほど握りしめて唇を噛みしめて、抑えきれない涙だけを流し、きっと内にいろんなものをため込みながら叫んだだろう。
並大抵ではない辛さがそこにあったのだろう、それをはかることはできないけれど。
これは、辛いなんてものじゃない。

泣いたって何も解決もしないことが、尚一層深く深く胸を抉った。


「はい。砂糖とミルクはどうしますか?」
「いや、いい」

今だって往生際悪くこの光景を認めたくない自分がいる。
無駄な抵抗だと分かっていながら、それでも尚この現実から目を逸らしたい自分がそこにいた。


「うんと苦くしてくれ」

ツンと鼻に何かがこみ上げるような感覚がした。
こんなにも自分はまだ人間らしいところがあったのだと苦笑した。

目じりが熱い。

気を張っていないと声が震えてしまいそうだ。

いつの間にこんなに自分は弱くなってしまったのだろうかと、堪え切れない自嘲を漏らした。



けれど、





彼女は気付かない



( まるでトレースされたかのような動きは、不測の事態には対応しないのだろう )