(・・・だるい)


あまりにもこの場所に適さないその感想は、音にすることなく心の奥にひっそりと隠しておくことにする。
自分がいかに己の道を歩くような人間であるかを自覚しているからこそ、言ってはいけない言葉はきちんと言葉にはしない。
(何故か、周りには自覚していないと思われているようだが)

流石に、情報部主任という身で、”彼”に祝辞を述べにいかないわけにはいかない。
“彼女”に教えられた経験からそろそろだろうと頃合いをつけて、それでもなお人に囲まれた“彼”の元へと歩き出した。



その漆に誓う



「ルカ主任、十一代目のところに行かれるんですか?」
きょとんと首を傾げそう尋ねてきた情報部の一人に、こくりと頷く。
あまり喋らないことにはすでに周りは慣れている。
・・・まぁ、肝心なことはちゃんと音にしているのだから、良しとしてもらおう。
「後少し待った方がいいかもしれませんよ、ルー主任。人多すぎですし」
そうもう一人の部下が提言してくれるが、それに首を横に振った。

多少人が多いのは想定済みだ。
それにさっさと済ませておきたい。

一応礼儀として新調したばかりのフォーマルな眼鏡をつけてきた。
・・・本当はフレーム部分がLED電球でランダムに光るタイプをつけたい気分だったのだが、それは流石に自重しておいた。

「じゃあ、行ってくる」

気遣ってくれた部下に頷いて、また“彼”に向かって歩き出した。



こうしていると、自分が主任になったのだと、そんな気がした。
“彼女”から受け継いでもう6年経つというのに、ずっと主任としての認識が薄かった。

・・・勿論、職務が上手くいかなかったとか、そういうわけではない。

けれど、何故だかわからないけれど。
それでもまだ。

“彼女”が主任のような気がしていた。


もう、それは今日までだと知っていたけれど。



一歩一歩、靴音を鳴らしながら近づく。
さ、っとあたりを見渡し頭の中の知識にない人間がいないか、面倒事が起きないか見渡しながら、“彼”へ、また一歩、一歩と近づいていく。



ふいに。


「・・・ルー・・・ルチアーノ、主任」

“彼”の瞳が。
こちらを向いた。


「―――!」

ぞくり、と背中を駆け回ったのは悪寒だろうか。

十代目に良く似たその姿。
正直言って一度もまともに見たことが無かったその姿は、瓜二つというほどにそっくりで。

その、漆黒の瞳以外は。



「・・・十一代目」

血の湧き上がるような、そんな感覚がする。
声が震えないようにするだけで精いっぱいだった。

何故か、そんなことを考えることもできない。


あの人と同じ姿、あの人と同じ顔、あの人と同じ髪色―――“彼女”と同じ瞳。


パズルの最後のピースが最後に噛みあい、そこで初めて何が描かれていたのかわかるかのような。
そんな感覚だった。


片手を胸に当て、恭しく頭を垂れる。

膝をついてもいい。
それほどまでに、今まで気づきもしなかったその瞳の色を知った瞬間に。
その全てがそろった瞬間に、今まで芽生えたことのない感情が湧き上がる。


これは、忠誠心と呼ぶのだろう。


あの人には湧きあがらなかった感情。
彼とそっくりのあの人、には決して抱かなかった感情。



「ドン・ボンゴレ襲名、おめでとうございます」


顔を上げ、彼の顔を見つめる。
いつもならば笑みで隠されている“彼女”に似たその漆黒も、ここにいないあの人と同じ姿も。

両方がそろって。

初めて。





「―――貴方に、永遠の忠誠を」