ゆるり、とまだ薄く軟い瞼がまるで何かを伝えるかのように開く。

暖かな体温。
祝福されてしかるべきの、その命。

暖かな、柔らかな、愛され慈しまれるはずのその命の、瞳が。


―――嗚呼。



その漆に、彼は嘆いた



俺の子だと、そう渡された小さな命は、確かに彼の子であると思えるほどに彼とよく似ていた。

その芒色の髪も、顔の面立ちも、時折あげるぐずり声も。
連想されるのは彼以外ないと、そう思えるほどの姿で。


彼が1年ほど前からついに観念したと言わんばかりに見合い候補であった女性の元へと通うようになっていた。
どうしようもなかった。
生まれた時からマフィアであった自分には、どうしたって“彼女”は愛人としかなれなかった。
血も、家も持たなかった“彼女”は、決して正妻になりえることは不可能だったのだ。

その心苦しさを感じながらも、それでも彼をこの道へと引きずり込んだ最たる自分が何も言うことが出来ず。
これが最良の道なのだと、半ば己を納得させていた。
望むだけでは、尽力したとしても、この世界では得ることはできないのだと。
痛いほどに知っていた。


けれど、けれど。
有り得るのだろうか。
もしも、仮に、この子どもがその見合い候補であった女性の産んだ子だとして。
―――その、相手が既に死んでいるという事実は、あえて置いておくにしても。

流石に馬鹿じゃない。
二三日で子どもが生まれるわけがないということは知っている。

なら、あの綱吉が。
仲間のために、とマフィアになることを受け入れ、仲間のためにと尽力を尽くしてきた綱吉が。


まさか、会って数回たらずの女を抱くだろうか。
しかも、避妊もせずに。


会ってすぐに惹かれあった?
いいや、これでも綱吉の師を自負している、そんな変化があればすぐに気付くだろう。
押し迫られて仕方がなく?
いくら綱吉が優男だとはいえ、それでも強い心を持つ男だ、意に反すればはねのけるだろう。

ならば、何故。



綱吉から零れおちるその噺は矛盾も、違和感もなく。
むしろ完璧すぎるほどのストーリーに、逆に気持ち悪さすら感じるほどで。

ただただ、頷くことしかできない。
何かが、咽喉の奥で引っかかっているのに、それを訪ねることもできない。
妙な圧迫感が、それを言葉にすることを許さない。



小さな、ちいさな命だ。
預けられるように抱かされたその命は、柔らかく、少し力を入れてしまえばつぶれてしまいそうなほどに心もとない。
愛されるはずの命だ。
後継者として、愛される命だ。

けれどぽっかりと空いた何かが祝福を許さない。
何も言わずににっこりと頬笑みを浮かべる彼の奥に隠された真実が、見たらない。
置き去りにされたかのように、事実が無い。


「あー、うぁ」


ふいに。
小さなぐずり声に一気に意識が引き寄せられた。

腕の中、赤子を抱きなれないせいか不安定になっているリボーンの腕の中に不安を感じたか、身じろぐその子をなんとか落とさないように支える。
ぐっすりと眠っていた赤子は意識が覚醒したらしく、ぴくり、ぴくりと瞼を動かして。


そうして、ゆるりと音もなく世界を映すかのように。
その小さな瞼から小さな瞳をまるで見せつけるように。




―――瞳が、開いた。



嗚呼っ!!

思わずリボーンは嘆き叫びたい感情に駆られた。
咽喉の奥を張り付くその声が、今か今かと飛び出しそうになっていた。


嗚呼、その、奥の。
開かれた瞳の、その中心に座したその色は。





 ま  る  で  、  彼  女  の  よ  う  に  黒  く  、  黒  く  。 





嗚呼、ああ、ああ・・・!
愕然とし、腕が震えそうになる。



何故彼女を浮かべるというのだろう。
あの女性だって、黒髪に黒目という、彼女とは違うものの、同じ色を持っていたではないか。
だというのに、何を、何を。

その色は、このイタリアですらさして珍しいほどでもない。
多いというわけではないが、稀有なものでもない。

けれど。
この、色は。






嗚呼。

そう嘆いた叫びは、結局最後まで言葉には成らなかった。