即座に標的を照準に入れ、引き金を引く。
単純で、それでいて重いこの行為になれるまで、綱吉は大分時間がかかった。

けれど。

まるでその時を思い返すかのような光景は、そのリズムにも似た音に打ち壊される。


吉治は、躊躇いなど知らぬように人型の的を打ち抜いた。


急所に寸分狂うことなく。



赦免を乞うた



「・・・止めろ」

ぽつり、と呟いた声は酷く小さいのに、それを聞き届けたかのように連続した音になっていた銃弾はピタリと止まった。
カラン、と床に音が響く。


「もういいの?」
無邪気さを装うように首を傾げた吉治に、リボーンは内心苦々しさに見舞われながらも、こくりと頷いた。



リボーンが、次の教育係・・・具体的に言えば、後継者としての教育を担当するようになって、まださほど時は経っていなかった。
街の人々に好かれボンゴレの次に力を持つギャバッローネの10代目、ディーノ。
初代の再来とまで囁かれた最たる穏便派、でありながら絶大たる指導者、綱吉。
この二人を教育した存在として、綱吉に良く似た姿を持つ吉治の教育を任されるのは、ある意味当然であったのかもしれない。
何よりも、リボーンのボンゴレ入りを決意させた綱吉から、吉治の教育を頼みたいと言われれば否とは言えなかった。

前任者である“彼女”から教育係を引き継いで、後継者としての教育を始めた。


そうして、初めて銃を握らせた結果が、これだ。


「吉治・・・お前、本当に銃を握ったのはこれが最初か?」
「当たり前ですよ。今日が初めてですよ、リボーンさん」
クスクスと笑う吉治の前にある的には、穴が一つ。
けれどその下に落ちているのは変形した銃弾が所せましと転がっていた。
勿論、周りに傷など一つもない。

「・・・勘、です」
「超直感か・・・」

このボンゴレを司る歴代のボスに流れる血。
綱吉と吉治の血のつながりを、何よりも証明したその存在。

この歳の頃の綱吉は、存在すら知らなかったもの。


「・・・ったく、本当に恐ろしいぞ」
「あれ?末恐ろしいんじゃないんですか?」
「もう遅いぞ」

ペシ、っと軽く頭を叩けば、まるで子供のようにクスクスと無邪気な顔で笑う。
こうやって垣間見える顔は普通の少年と何ら変わりない。


吉治から、好かれているだろう、信頼されているだろう、尊敬されているだろう。
その感情は感じる。
まぎれもなく本当にその感情を向けられていると、断言もできる。

けれど、時折。

その瞳がじっとこちらを見つめてくる時に、思わず目を逸らしてしまう。
事実が何であれ、この子どもに罪は存在しないというのに。



「怖くは、ないのか」

弾丸を抜いた銃を手の中で弄んでいた吉治に、リボーンは思わず尋ねていた。

喜び等とは違って、哀しみ、苦しみ、切なさ、辛さ、そんな感情が希薄であるかのように見せることのない吉治のその暗い感情を探すことは難しかった。
ただ、ただ、彼とよく似た困ったような頬笑みで笑うだけだ。

「怖いって・・・銃、が?」

そんな吉治は、リボーンから掌より大きな銃を与えられた時も、躊躇うことなく受け取った。
じっとその銃を泣きそうな顔で見つめ、堪えるように手を震わせながら何とか握りしめた綱吉とは対照的に。

「ああ」
「・・・」

ふいに。
その瞳がぱちりと開いて、黒い瞳がリボーンを突き刺した。

「怖く、ないよ」
「・・・吉治」
「銃が命を簡単に奪えてしまうものだっていうことは知ってる。奪ってしまえば背負うものは辛く苦しい罪だってことも。その重さも」

つらつらと語るその表情は、けれど苦しみや悲しみに歪むことはなく。
淡々と、まるで事実を受け入れているかのようだった。



「―――でも、今更」



「っ―――!!」

そう、たった一言。
嘆くわけでも苦しむわけでも呆れるわけでも投げ捨てるわけでもなく。
ただただ淡々と、何の感慨も抱いていない表情で告げたその一言に。

リボーンは酷く泣きたい気持ちに駆られた。
泣いて膝をついて頭を下げて、声がかれるまで、声がかれても頭を下げ続けたい気分に駆られた。

それを、吉治が望まないと知っていたから、することは出来なかったけれど。


まだ、10になりたての子どもが。
この環境で囲まれたとしても愛されるはずで、無邪気に生きることが出来るはずで、何も知らずとも赦されるはずで。
その、大人の手には隠れるサイズの銃さえはみ出すほど小さな手のひらは、まだ何も知らずに暖かであるべきだというのに。


「本当に・・・今更・・・」


(この手は―――存在が―――既に罪なのに)



そんな嘆き声が聞こえた気がした。