咽喉が震えそうになるのを、必死に堪える。
涙が出てしまいそうなのを、力を入れて留めた。

泣いては駄目。
泣いては。

嗚呼、ついに来てしまったのね。


「お目にかかれて光栄ですわ、ドン・ボンゴレ」
「・・・初めまして、ジュリエラ嬢」


泣いては駄目。



奪われた



「実は、お見合いしろお見合いしろってうるさくて、適当に選んでしまったんです」

押し寄せる衝動を堪えながら行われた会話の最中で、ふいに彼がこう言った。
それに思わずきょとんとして彼を見つめる。

「・・・あら。つまり、たまたま私が選ばれたということでしょうか?」
「いえ、超直感で」

超直感。
その単語に頭の中の知識を巡らせる。
ボンゴレを支えてきたとも言えるその血に流れる力、だ。
常人にはありえぬほどの鋭い勘で、全てを見通すと言われるその力。


どくり。
と、心臓がはねた。

「・・・どう、して、わたしが超直感で選ばれたのでしょうか」

どくり、どくり。
心臓の音が耳に痛い。



「貴方に、愛しい人がいたから」



―――どくん。

冷や汗が身体を駆け巡る。
堪え切れないばかりの涙が今にも溢れそう。

「この庭の、剪定をしている男性ですよね?」
「っ!!―――ボン、ゴレ・・・!」

ひゅ、と息を吸う音がする。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
駄目だわ、いけない、泣いてはだめ。
あの人はとても優しい人だから、こんな檻の中にはいない人だから。
私が、私が護らないと。




「大丈夫ですよ」
「―――・・・え?」


先ほどまでの、どこか問い詰めるような声音とは違う柔らかな声に、思わず顔を上げた。
そこには、優しく優しく微笑む彼の姿。

「俺は、貴方の味方です」

にっこりと優しい笑みを浮かべる、その彼の言葉に、思わず目を瞬いた。
今、なんと言ったかしら。
聞き間違いでなければ、彼は、彼は私の味方だと。



「俺が、手配します・・・少し、時間はかかりますけど。二人で、逃げられるように」
優しい頬笑みを浮かべ告げられる言葉は、とてもとても優しい夢。
けれど、だけれど。
「・・・どう、して?」
「え?」
だってだって、おかしいわ。
マフィアの妻となるために生まれて、そうして育てられてきた。
この世界が、甘く優しいものでないことはよく知っている。

なら、この言葉が無償であることはありえない。


「そう、ですね・・・一つ目の俺のメリットは、貴方が二人で逃げるまで、俺は見合い攻撃から逃げることが出来ます」
そう笑うけれど、これだけ優しい笑みを浮かべる人だとしても、それでも誰もが認めるドン・ボンゴレだもの。
彼が否と言えば聞かないはずがない。
(後継ぎ、の話は別として)
なら、これは彼のメリットには成りえない。

「あと、もうひとつ」
パチン、とどこかで音がした気がした。
「俺が、こういうことに我慢が出来ないんです」
そう彼が微笑む、その笑みに、パチン、パチンと目の前が何かに塞がれていくような気がした。

さしのばす、彼のその手しか見えない。



「俺が、二人を助けます」


どうして、この手しか見えないのかなんて、そんなことも浮かばなかった。