それはそれは、小さなはじまり。 火蓋を切るなんて熱烈な激しい始まり方じゃなくて、きっとほんの些細な音。 気にしなければきっとそれは聞こえないほどに小さく、けれど気にするとまるで耳を貫くように大きくて。 「でね、新作のケーキが出たんだよ。ベリー尽くしでね、すっごく可愛いの!」 「はひ!楽しみです!」 大学からの帰り道に用事があるからと言う黒川花と分かれ、二人で月に一度の自分へのご褒美へのケーキの話をしながら歩く。 行きつけのお店で新作のケーキが出たらしくて、まだ日にちがあるというのにうっとりとその姿を想像する。 コツン、とそれはきっと小さな音。 「あれ?何か音がしなかった?」 「はひ・・・ドサ、って感じの音がしましたよね」 ふと、二人で振り返ってあたりを見渡そうとして、その光景に体を竦ませた。 「笹川京子と、三浦ハルだな」 一瞥する視線はひどく冷たい。 真っ黒と称するに相応しいスーツを纏い、隠すことなく銃を手に持つ無骨な男が数人が倒れている中心で立っていた。 いや、一人ではない。 彼に続くように現れた数人の男も、同じように黒いスーツを身にまといその手に銃をさげていた。 「・・・そう、ですけど・・・」 疑問ではなく確認の言葉に、否定しても意味はないと京子はゆっくりと頷いた。 せめて震えないようにするのが精一杯だった。 「誰、ですか・・・」 京子の言葉に続くように、ハルが口を開いた。 誰、なんてマフィアだろうことは既に二人とも察してはいたけれど。 ああ、むしろどこの人間だと聞いた方が良かったのかもしれない。 確認が取れたことに満足するように、にぃっと男が笑った。 「答える必要はない。死にたくなかったら、抵抗はしないほうがいい」 少しナマリのある言葉で男は一歩、また一歩と近づいてくる。 逃げる、ことはできないだろう。 反射的に駈け出しそうになった足を叱咤して、京子とハルはそっと目を合わせる。 従うしかない。 戦えるのだったらここから逃げ出したり、目の前の男たちを倒すことも出来ただろうけど、その術は一切ない。 それにきっと、彼らにはまだ殺す気はない。 死にたくなかったら、と言うのは殺さないことを前提にした話だ。 それに殺すんだったら声をかける前に手に持った銃で撃てばそれで終わる。 「ハルちゃん・・・」 小さな声で名前を呼ぶ京子にハルは無理矢理口端を吊り上げた。 「大丈夫、ですよ」 きっときっと大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせる。 どこか予感がするから、きっと大丈夫。 それは多分京子も一緒で、これからどうなるかわからないというのに体の震えは止まっていた。 「絶対に、ツナさんが助けに来てくれますから」 ね?と言うと京子も笑みを浮かべて頷いた。 「来い」 男の低い声に逆らわないように、ゆっくりと足を進めた。 きっと、きっと大丈夫。 高校生になってこんな目に遭遇することが何回かあったけれど、いつだって来てくれた。 知っている。 近づいてきた二人に男が無骨な手を伸ばした瞬間、 「極限っ!!」 懐かしい、声がした。 一瞬にして周りを取り囲んでいた男たちが倒れ、視界が開ける。 「あ・・・」 綻ぶように京子の顔が涙で滲む笑顔に変わる。 「京子!ハル!極限に助けに来たぞ!」 「っ、お兄ちゃん!」 そこには、イタリアにいるはずの笹川了平の姿があった。 |