昔、綱吉の部屋に行く時はわくわくと嬉しさが止まらなくて、ついついはしゃいで歩いていた。 けれど、今はどちらかというとハラハラや不安が大きくて、どんと構える扉に、思わずごくりと息を呑んだ。 ・・・また、倒れてたりしませんよね。 ふいに浮かんだ不安が頭を占めそうになった瞬間、京子がノックしようと手を近付けた扉は向こうから音を立てて開いた。 「リボーンちゃん!?」 そこから出てきたのは真っ黒なスーツに身を包む少年で、思わず名前を叫んだ。 「ああ・・・ちょっと用事があってな。ツナなら中にいるぞ」 入れ、と言わんばかりに踵を返して椅子に座ってニコニコと笑っている綱吉の方へと歩き出したリボーンに続くように、二人も追いかけた。 顔色は、悪くない。 とはいっても、リボーンですらも気付かないほどに振るまっていたというのだから、これも演技かもしれないけれど。 「いらっしゃい、京子ちゃん、ハル・・・わぁ・・・なんか、懐かしい匂いだ・・・」 思わずと言わんばかりに昔の口調に戻った綱吉に、ふ、とリボーンが短く息を吐いた。 京子は目の前にカレーの盛った皿を置いて、ハルが水とスプーンとサラダを添えた。 いかにも、昔ながらの日本の家庭料理なカレーに、綱吉の顔が綻んだ。 「二人で作ってくれたんだ・・・ありがとう」 おいしそうだねと嬉しそうに笑って、まるで小さな子どものように待ちきれないと二人を見上げてくる顔に、思わず京子とハルはそろって吹き出した。 それにちょっとだけ憮然とした顔をするものの、フワリと舞い上がってくるカレーの匂いにまた顔が緩んだ。 「・・・ハル、なんだかマテをしてる気分です・・・」 「うん、ちょっとわかるなぁ、それ」 何と言うか、純粋無垢な大型犬・・・言うならば、ゴールデンレトリーバーのような感じだろうか。 そんな綱吉を思い浮かべてしまって、また二人でクスクス笑う。 「ちょ、何それ!俺犬っ!?・・・それより、食べてもいい?」 「そんな気分ってだけだよ。別にツナ君が犬みたい・・・だなんて・・・ふふっ」 「もちろん、よし、ですよ!・・・ぷっ!」 カレーをちらりと見てそれから二人をうかがうように見上げてくる視線はまるでご飯を待ちきれない犬のようで、それにまた笑いがこみ上げる。 「・・・もういいよ、犬で。じゃあ、いただきます!」 パンっと手を合わせて、スプーンに手を伸ばす。 勢いのままスプーンを差し込んで、疑うことなく口に放り込んで咀嚼する綱吉に、リボーンはこっそりと肩をおろした。 んー!とか、おぉ!と感嘆しながらカレーを食べる綱吉には今、一切の緊張も苦痛も見当たらない。 確かに、日本に来て良かったと思う。 嬉しそうにカレーを頬張る綱吉は、今食事に安心を覚えている。 水も辛さを訴える喉が望むまま飲み込み、水を注ぐハルや京子においしい!と向こうでは見ることのできなかった笑顔を浮かべている。 戦い、を感じさせないからだろうか。 ある程度の事情は知っているというのに、普通の一般の少女と何ら変わらない二人の姿はマフィアをわずかにも彷彿とはさせない。 二人で作ったカレーも、薄く切られた卵の入ったゴマドレッシングのかかるサラダも、至って普通と変わりない。 綱吉が、人格形成がされるもっとも重要な部分で過ごした、いたって普通の生活。 まるで、母親の胎盤にいるような。 このあと、綱吉を現実に引き戻さなくてはいけない。 また、綱吉もこの暖かさの中に浸りきって閉じこもろうとはしない。 だから、今だけは。 「ぷっ!やだ、ツナ君ったら、口の周り一杯ついてるよ」 「はい、ツナさん。これで拭いてください」 「ふぁふぃふぁふぉー(ありがとー)」 綱吉を暖かさが満たせばいいと思う。 二度とその膝が地に付くことのないように、まるで包み込むような暖かさが。 そうすれば、きっと極寒の中でも立つ続けられる。 「ツナさん、おかわりですよ」 「ありがと」 「お手。・・・なんちゃって・・・」 「・・・京子ちゃん」 だから、今だけは。 |