ガシャン、と皿の割れる音が響いた。 白い大きな器に描かれた凛とした桜の咲くお皿はハルのお気に入りだったのだが、それは本人の手によって床にバラバラに砕け散ってしまっていた。 いつもなら、はひー!という特有の叫び声をあげて無残に砕けてしまったお皿に涙ぐむのだが、今のハルにはそんな余裕はなかった。 というかむしろ、そんなこと頭の外へと放り投げてしまったという方が正しい。 今。 今、彼はなんと言っただろうか。 「そ、それって・・・も、も、もしかして・・・」 愕然と、手を震わせる。 その考えに行きつきたくはないのだけれど、けれどその言葉はそれ以外へは行きつかない。 ふるふると震えるハルを見て苦笑しながら、一緒にその言葉を聞いていた骸は、残酷にもそれを口にする。 「つまりは、婚約者になってほしいってことでしょうね」 「は、はひぃいいいい!!!」 骸の言葉にかぶせるように叫んだつもりだったのだけれど、それよりも骸が言うほうが早くて、ばっちりとそれが耳に届く。 こん、こん・・・こん、やく・・・しゃ・・・。 「一応会食をしようって言われただけだけどね・・・」 ははっと心底困った顔で綱吉は力なく笑った。 「おや、ですが言われたのでしょう?『私の娘が貴方に逢いたいとごねておりましてね・・・』とかなんとか」 「うん、まるで聞いてたみたいに一文字も違わない予想をありがとう」 はぁ、と綱吉が面倒なことになったといわんばかりにため息を吐くけれど。 でも、ハルの頭の中は真っ白に染まる。 婚約者、は当然ありえる話だ。 何と言っても、マフィア界の頂点に立つマフィア、ボンゴレのその中の頂点であるドン・ボンゴレなのだから。 (わかって・・・いました、けど) 綱吉の妻の座を得ようとするマフィアは、少なくない。 就任したてのころは、綱吉を侮り傀儡にしようとその声は頻繁だった。 それから功績をあげて、格下では到底届かないのだという威厳を見せつけて・・・その数は減った。 「・・・・・・」 どうしようと頭を抱える綱吉を見ながら、ハルは立ち尽くした。 だって、止めることなんてできるわけもない。 ハルにそんな権限はないし、ましてや恋人ですらないのに。 (選ぶのは、ツナさんの自由、なんですから・・・) ぐさりと、その言葉が心にナイフのように刺さった。 恋はできなくてもいいから、傍にいようと決めたのに。 「こんなんじゃ、だめ・・・です、ね」 ぎゅうっと自分の手を握りしめた。 たったの5割しか銃を撃つことができなくて、きっとそれは戦場ではお粗末なもので。 それでも、それでも人を殺すことに綱吉が慣れないために・・・そのために、来たんだから。 (ツナさんが、誰を好きになっても・・・誰と結婚しても・・・) もとより、ハルに止める権利なんてないのだから。 「・・・ハル?」 「――――え、」 突然投げかけられた声に、ハルはきょとんと顔を上げた。 俯いた視界から顔を上げれば、当然そこには粉々に砕けた皿があって。 「は、はひぃ!!割れてます!」 早く片付けますね、と走り出したハルの後ろ姿を見て、綱吉は眉を寄せた。 ハルが顔を上げた、一瞬。 「・・・泣いて、た?」 |