「・・・なぁ、獄寺」
「何も言うんじゃねぇよ、野球馬鹿」
若干戸惑うように見あげてきた視線に、隼人は深く深く煙を吐いた。
タバコの煙がいつもより多く身体を巡った。

わかっていた。武の言葉が何を指すのか、そうしてその先にあるものは自分と同じものだと。
でも。

(十代目が、そう望んだんだ)



「獄寺・・・」

「うるせぇってんだろ!」
もう一度呼ばれた名前に、隼人は武を鋭く睨む。
その視線の中に含まれる悲痛の想いに、武は何も言えずに口を噤んだ。


この歪みは、もう誰だって知っていた。
だけど――いや、だからこそ、誰かが問わなくちゃ、いけないことだと知っていた。


「ツナがあのままでいいのか?」
なぁ、と問い掛けられた言葉に隼人は息を呑んで、それから涙を堪えるかのように唇を噛んだ。


「っ、仕方がねぇだろ!俺だってっ、止められるもんなら止めてぇんだよ!あんな状態の十代目放っておけるわけねぇだろうが!だけど――!」
酷く、泣きそうだ。
悲痛そうに眉が寄せられて、一層唇は震えて、火がついたままのタバコは指から落ちた。大理石の床に小さな灰が若干広がる。



「・・・・・・だけど、俺に何が出来るんだよ・・・」

その声は消え入るようで、武ははっと息を呑んだ。

「わりぃ・・・」
同じく消え入りそうに呟かれた言葉に、隼人は「いや・・・いい」と首を振った。
聞きたい気持ちは隼人にもわかっていた。


「俺たちじゃ、何もできねぇ・・・」

失う痛みを知っているから、失う恐さをしっているから、だから何もいえない。
綱吉の失いたくないという気持ちは痛いほどにわかっていた。

悔しそうに拳を握り締めた隼人に、武は俯いた。
恐いから仕方が無いんだといわれてしまえば、反論することは出来ない。



「でも、俺はあんなツナは見てたくねぇんだけどな・・・」

失ってしまうことが恐いのは皆そう思っていて、綱吉のあの行動だって彼が幸せならばと目を瞑った。
だけど、どうしても今、彼が幸せだ、なんて思えなかった。

「俺だって・・・そう思ってんだよ」

救えるのが自分じゃないことに、自分じゃあまりにも無力なことに、隼人は歯噛みをした。
自分じゃ駄目だということはわかっていた。


「十代目を元に戻せるのは、あのアホ女だけだ」

力も無いくせについていこうとする姿に何度も苛々した。
暗い世界なんてわかってないくせに足を踏み入れようとする、その自分勝手な覚悟がむかついた。

だけど、そうじゃないと気付いたときに、苛々して当たっていた自分の弱さに恥ずかしくなった。


(頼む・・・頼む、頼む、から・・・)

本当は、誰よりも強い“力”を持っていた。
彼女の存在が力は腕っ節の強さだけじゃないことを強く証明した。
覚悟はくじけてはいけないものだという観念すら吹っ飛ばした。

(あんな十代目、見てたくねぇんだよ・・・)





なんて無力な自分



( 闘う力は持っているのに、今はあの闘えない彼女なんか比べ物にならないくらいに無力だ )