彼が崩れてしまうと、その波紋が広がる。

それはいくら鈍い鈍いと言われていた彼だとしても同じことで。
投げかけて、祈るしかないという返答を貰うことしかできない会話を繰り返すだけだった。



「まったく、沢田は気合がたりん!気合が!極限気合を溜めるんだ!」

「・・・気合の問題じゃないと思う・・・」
ふぅと溜息をつくクロームにキラリと了平の目が向いた。


「まったく、極限怠けたやつらだ!」
こうなったらボクシングをするしかない!と言い出した了平の言葉を、クロームは見事にスルーした。
鈍感とは言えど昔に比べればやっぱり変わり、了平は口を閉ざした。

見あげる眼前広がるのは、大空。


「まったく、沢田は本当に気合が足りないな・・・」

呟くような言葉に、クロームは振り返った。
「気合の、問題じゃないよ」


それから同じように上に広がる大空を眺める。
爽やかな風が通り抜け、雲が流れた。


「わたしは、何もいえない」

たぶんそれは、骸様も一緒。
独り言のような言葉を、了平は黙って聞いていた。

失う気持ちとか、悲しいからとか、そんなことじゃなくって、そうじゃなくって・・・ただ。

「あの二人が、あれが幸せだというのなら・・・何もいえないの」

あの二人だけで完結する世界。
未だに空は青く光輝いていて、全てを包み込むように大きい。


「二人のエデンを私は壊せない」


息を吐くと同時に言ったクロームに、了平は初めて少しだけ溜息を漏らした。
溜息をすると幸せが逃げる・・・溜息をしたくなるときの状況は、幸せではない。

例え、幸せに見えていたとしても。


段々と暗雲のたちこめてきた空をクロームは見あげて、それから一度目を閉じると踵を返すように室内に戻った。
それに続いて了平も室内に入ったころにはポツリポツリと雨が降り、最後には叩きつけるような雨に変わる。



「あいつらも極限不器用な奴等だな」
むっと唇を尖らせ考え込むようにいった了平に、クロームが少しだけ微笑む。
なんとかしたいのは皆一緒。だけど、何も出来ないのも皆一緒。

「きっと、ボスは今迷ってるけど、幸せなんだと思う」
これでいいのかと何度も迷って、繰り返し自問して、そうして今も悩んでいるだろう。

だけど、きっと彼は幸せなんだろう。



「まったく、沢田は極限物知らずだな!」
「うん・・・ボスは物知らずだから」
ニカっと笑う了平につられるようにクロームも笑いを零した。


朗らかな雰囲気が流れ、そうしてクロームは慈愛に満ちた顔で微笑んだ。
「幸せは、この世界にだってたくさんあるわ」

だって、私はこの世界で幸せ。


気付いて、気付いて、ハル。幸せはこれくらいだけじゃないって。
気付いたなら、ボスに教えてあげて。

そうして、クロームは慈愛に満ちた顔で微笑んだ。





幸せを教えるのは貴方の役目



( あの暗雲がたちこめ哀しみの涙を流す空をもう一度晴れさせるのは、そう―― )