「―――ふぅ」

漸く書類が半分か・・・。机の上に置いてある書類の山、山、山。まぁ・・・裏切りが発生したから、仕方が無いんだろうけど。
背もたれに身体を預けてのびをすると、突然ノックの音がした。

「隼人?入って」

足音と気配と超直感で扉の前に立つ人物を判別するのはもう癖になってしまった。
というか、癖にならないと色々と困るし。


「はい・・・あの、すみません、十代目」
やっぱり、追加書類か。隼人の腕の中には10cmくらいの束の書類があって、思わず苦笑をもらした。
別に隼人が悪いわけじゃないんだから、そこまでかしこまらなくてもいいのに。

「ごめんね、運ばせちゃって」
「い、いえ!それはいいんです!」

隼人も疲れてるだろうに。そうしてついつい癖で彼女の名前を呼んで紅茶を頼みそうになって、口を噤んだ。
違う・・・前みたいにハルは俺の秘書をしてるわけじゃないんだから。
安全なところに、いるんだ。



「あの、十代目・・・」
ついつい考え込んでたみたいで、隼人が戸惑うような目をしていた。なんか最近考え込むことが多くなったなぁ。

「ごめんごめん。ちょっと考え事してて」
とりあえず書類はそこに置いてくれる?というと隼人はすぐにそこにおいて、それからちらちらとこっちを伺うように見ていた。
時々ハルの「紅茶は出来たてが美味しいんですよ!」という意向で作られた簡易キッチンを見ながら。

「十代目・・・あの、さしでがましいとは思うんですが・・・」

「ごめん、隼人」

隼人の言葉を遮るように、何時の間にか・・・いや、あえて言わせないように口を開いた。
すると隼人は涙を堪えるような顔になってしまって。・・・ごめん、わかってるんだ。


「・・・俺、ちょっとハルのところに行ってくるね」
すぐ戻るから。


そう笑って言うと、隼人はその涙を堪えてる顔を何とか直そうとするような歪な笑顔で。
「はい・・・いってらっしゃいませ」
もう一度隼人にごめんと伝えてから、外に出た。向かうのはハルの部屋。


歩いているとすれ違う人は必ず俺に頭を下げていて、ああ、本当にボスになったんだな、なんて思ったりする。
俺は、マフィアのボスなんだ。

ハルを連れてくるつもりは、全然無かったのに。無理矢理やってきて他の選択肢を与えないようにしていた彼女の行動に甘えてた。
傍にいて、あの時みたいに・・・まだ俺がマフィアのボスになることを否定してたときみたいに笑ってくれてたから。



こんなことなら連れてこなければ良かった。

・・・なんて、いえないんだ。


ハルの変わらない笑顔に救われてるのは俺だけじゃない。
ぶっきらぼうだけど隼人も、武も、骸も、恭弥さんも髑髏も了平さんも、リボーンも、救われてた。

皆が向ける視線の意味は、わかってる。この歪みにだって気付いてる。


ハルは鳥篭の雛じゃない。
意志のある人間で、人形でもないのに、あんなところに閉じ込めるなんておかしいって分かってる。

それでも、失いたくないという俺の気持ちを掬って何にも言わないのも、わかっていて、俺はまたその状況に甘えてるんだ。



「――くそっ!」

人通りの無くなったことを感じて、壁を叩きつけた。
ハルをあの部屋に閉じ込めた日に聞こえた泣き声が今だって忘れられない。手がジンジンしたけど、ハルはもっと傷ついてるってことも知ってる。

だけど――。

「じゃあ、どうしたらいいんだよっ」





君を失わないためには



( 彼女を失わないで済む方法を、誰か教えて )