焦るように白い扉を潜り抜けて、綱吉は漸く息を吐いた。
どうやらハルはまだ作り途中のようで、小さな歌声が少しだけ聞こえて、それから止まった。


「はひ?ツナさん?今日は早いんですね」
綱吉の姿を発見して笑顔で近づいてきたハルに綱吉も笑顔を返す。

「うん、ちょっとハルに逢いたくって。駄目だった?」
否定するはずがない。そう分かっていたけど、綱吉はあえて聞いた。

「そんな!嬉しいです!」
顔を真っ赤にしてぶんぶんと手を振るハルに綱吉の顔はどんどんと綻んでいった。
ああ、この世界だけが、今、息が出来る。


「あ」

「どうしたの?」

ポツリと呟いたハルに、綱吉は首を傾げた。するとハルの眼はゆっくりとキッチンに向いて、それからもう一度綱吉を見た。
「・・・折角ツナさんが着てくれたのに・・・まだ作り途中なんです・・・」
しゅんっと落ち込んでしまったハルに、綱吉は苦笑を漏らした。

「いいよ、気にしないで。俺はハルに逢いにきてるんだから」
「はひぃ・・・」
すみません・・・と項垂れてしまったハルに綱吉は優しく笑いかけた。


「あ、じゃあ見ててもいい?」
「へ?」

「ハルが作ってるところ、見ててもいいかな」
ね?と笑う綱吉に、ハルもどんどん笑顔になっていく。

「はい!」




そうして二人でキッチンに並んで、ハルは見てくる綱吉の視線に頬を赤らめた。
「な、なんだか、テレますね・・・緊張します」
「そう?」
楽しそうに笑う綱吉にハルは少し口を尖らせながら包丁を持ち上げた。

隣に綱吉がいてこちらを見ていると言う状況に、ハルの手が少しだけ、ぶれた、瞬間。

「――っ!」

じわりと、人差し指の先に赤い血が僅かに滴った。


「け」
「ハル!大丈夫!?」
怪我しちゃいました、なんていう前に綱吉の必死の形相が飛び込んできて、ハルは言葉を失った。
すぐに綱吉はハルの手にあった包丁を取り上げて、泣きそうに顔を歪める。


「待ってて、ハル!すぐに、医療は」

「ツナさん!」


駆け出そうとした綱吉の袖を引っ張って、ハルは綱吉の眼を見つめた。
(あ、目が・・・あった)


じっと数秒見詰め合って、ハルはゆっくりと左手を持ち上げた。
「大丈夫、大丈夫です・・・ツナさん。カスリ傷です」
良く見て、ください。そう言ってハルが綱吉に手を差し出すと、漸く綱吉はその傷を焦点にあわせた。

綱吉の眼が揺れて、安心したように深く溜息を吐いて、ハルの手をゆるゆると握った。

「・・・あ。そ、そう、だよな・・・」
綱吉の渇いた笑いを見ながら、ハルは下唇を噛み締めた。


ハルの人差し指から浮かび上がる真っ赤な雫がひとつ、波紋を揺らすように落ちた。





目があった。
泣きそうになった。



( その目が孕んでいたものは、心配じゃない、痛みじゃない、 )