祝ってほしいとは、思わなかった。
(01:たとえばこの世界が)
―――異例の出世。普通ならばそんな言葉が囁かれるはずの、ボンゴレ情報部就任式。
けれど今回の引継ぎに関してだけは、そういう騒ぎは起こらなかった。皆唯々諾々としてそれを受け入れた。
二十代という若さだけでなく、ハルが女性だったということも本来なら論議を呼ぶはずだったのに、だ。
情報部のトップを決める重要な行事―――もちろん、安全面からそれを知るのはごく一部の人間である。
ボンゴレ本部の奥深く。閉ざされた小さな部屋でその就任式はひそやかに行われた。
若き十代目がファミリーの頂点に降り立ってから暫くは、それはもう嫌になるほどの抗争が起きた。
数々の襲撃の所為で一時情報部は壊滅状態になり、復旧してもまた内部に離反者が現れるなど酷い有様だった。
……その中で、一際異彩を放っていた人物がいた。三浦ハル。恐ろしく頭の回転が速いことで有名な女性。
誰に師事していたのかはっきりと知る人間は居なかったが―――かなり強い後ろ盾があるという噂だけは流れていた。
しかしそんな黒い噂も、彼女自身と直接会って話をしてしまえばどうでも良くなってくるから不思議なものである。
さて。ボンゴレに入って十年にも満たない『三浦ハル』が、その若さで何故情報部主任に任命されたのか。
―――容姿?とんでもない。確かに彼女は東洋特有の神秘的な美しさを持っているが、全く関係のないことだ。
ならば彼女の頭脳明晰さによって?確かに彼女は優秀だ。しかし、主任を務めるには余りにも経験が足りなさすぎる。
若きボンゴレの方針によって内部の改革が進み、女性でも能力を有するならばある程度の地位は得られるようになった。
ただそれを差し引いたとしても―――三浦ハルという人物を主任に据えるには、あと五年は待つべきだった。
ではなぜそうしなかったのか。……なぜ、待たなかったのか。
ある事件があった。先代主任が狙われた。内通者と、敵との繋がり。流された血は決して少なくはない。
情報部に所属する様々な人間を巻き込んで―――その“内乱”は幕を下ろした。公的な記録には残っていない。
この騒動の中で三浦ハルが先代主任を命がけで守り、生き残った、と。裏切り者から救った、と。そんな話が出た。
いささか婉曲されて広がった噂は、それゆえに、彼女自身の評価を押し上げた。それが真実でなかったとしても。
「ハル・ミウラ。―――どうか情報部を、よろしくお願いします」
「………謹んで、お引き受けいたします――――」
先代主任から三浦ハルへと、代々引き継がれてきた腕章が手渡される。……手元の書類にサインをすれば、終わりだ。
今回の引き継ぎは、先代の体調不良による引退のため臨時で行われた。だからこの人事を知る幹部は少ない。
もちろんそれは、ボンゴレ十代目沢田綱吉も、である。そう、まだ誰も、彼女が主任になったことを知らない。
「さあ、ハル。ここサインを」
「…はい」
「そして―――十代目へ報告に行きましょう」
「……………そう、ですね」
誰も――――知らない。
傍にいたかった。傍にいたくて、イタリアまでついて来た。来てみれば、その距離の大きさに愕然とした。
少しでもその距離を埋めたくて、がむしゃらに勉強した。勉強して、苦しんで、それでも一生懸命働き続けた。
そして一生懸命働いた結果、色んなことが重なって、情報部主任というポストが目の前に転がり落ちてきた。
転がり落ちてきたそれを、拾った。……その時、自分の周囲には沢山の屍が転がっていた。
ああ、それでも離せなかったのは――――彼との距離が縮まる唯一の方法だと知っていたから。
こんな私を知ったなら、彼はどんな思いをするだろう。軽蔑するだろうか。怒るだろうか。悲しむだろうか。
(そんなことぜったいにしないって、ほんとうはわかっていたのに)
―――――ああ、あなたに会うのが怖い。