傍に在ることしかできない。手を差し伸べることすら許されない。

 

私はただ目の前にある小さな小さな光を―――守り続ける。時が、来るまで。

 

 

 

その漆に躊躇う

 

 

 

ボンゴレファミリー十代目ボス、沢田綱吉に子供がいた――――。

 

ボンゴレ本部を揺るがしたその大ニュースは、出張中であるハルの所へも当然届けられた。

電話ではなくセキュリティの掛かったデータとしてだが、情報の広がりはあまりに早く、その用心さは直ぐに無意味なことになった。

 

 

ボスの後継者候補が産まれたという事実は、本来なら歓迎されるべきものだ。

それを―――諸手を挙げて、とならなかったのは、その赤ん坊が産まれた経緯が少々特殊だったせいである。

現在、沢田綱吉は結婚していない。そして子を成したとされる「母親」は―――不幸にも難産のため亡くなってしまったという。

 

キャピュレット家の令嬢、ジュリエラという名の女性。当初こそ何かしらの陰謀か毒殺か、などという噂が流れたが、

線の細い女性だったから出産に身体が耐えられなかったのだろう、と関係者が口を揃えて証言したことでそれも立ち消えた。

綱吉がわざわざ本部の近くに作った彼女のお墓に花を供える姿が、今、時折見られているそうだ。

 

 

 

もちろんその突然の話に重鎮たちは言うまでもなく、守護者やリボーンまで心底驚いて綱吉に詰め寄ったらしい。

一番激しかったというその最初の騒ぎをハルは知らない。

 

――――残り三週間の出張期間を消化して帰ると、流石に本部も落ち着きを取り戻していたから。

産まれたばかりでいてさえ綱吉にそっくりだと言える赤ん坊に、いつまでも反発するのは難しかったのだろう。

 

ジュリエラ。貴族である彼女と綱吉とは、確かにここ最近急接近していたという目撃情報もあり――――

挙げ句、彼は――――彼は、ボスの恋人な上、しかも妊娠しているなどと周囲に漏れれば狙われる可能性が高く、

それゆえに出産まで彼女の存在そのものの公表を控えていたのだ、と答えた。

この場に連れてこれなかったことが本当に苦しい、と沈痛な様子で目を伏せながら。

 

 

こういった説明を経て、無事、その赤ん坊は綱吉の後継者としてボンゴレに概ね暖かく迎えられたのである。

真実をどこかにすっかり置いてきたまま――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――― 十一代目」

 

 

 

その呼びかけにきょとんと振り向いた子供に、ハルは手に持っていた新しい玩具を差し出してみせた。

すると分かりやすく目がきらりと輝いたことに頬が緩む。嬉しそうに部屋の奥へと持っていく彼の後を追った。

 

ただしその際、入り口に立つ護衛に、すれ違いざま小さく低い声で告げる。

 

 

 

「本棚下から二段目、ティーテーブル、隅にある緑の箱、……移動しています。確認して下さい」

 

 

 

彼らが無言で頷くのを見守っていると、向こうから、はる、と拙い声で急かすように呼ばれた。

ハルは再び笑顔を浮かべると十一代目に駆け寄った。

 

 

恐らくあと数年もないのだろう、こうやって十一代目の教育係を任されるのは。

きちんとスクールに通うようになればそんなもの必要なくなる。短い期間だ―――そして決して二人きりになることもない。

抱きつかれはしても、ハルから抱きしめることはない。ただ見守るだけだ。そこに在るだけの。

 

 

情報部主任である三浦ハルに、十一代目の教育係などという仕事が舞い込んできたのはあるひとつの事件が関係している。

『母親』のいない十一代目には乳母がつけられ、少し成長し自我がはっきり現れだしてからは教育係がつけられた。

簡単に言えば十一代目と共に遊び、周囲を警戒しそして彼の成長に伴ってその時々で最もふさわしい勉学を教えること。

 

細かいところに気がつくからという理由で女性が選ばれて。………警戒を怠っていなかったからか、幸いにしてその事件は未遂に終わった。

十一代目に出した紅茶に毒を盛ろうとした教育係はその場で処刑された――――。

 

 

それが発覚したのはそもそも、問題の「飲み物」を前にした幼い十一代目が酷く泣いて、飲むことを拒んだことにある。

ブラッドオブボンゴレ……恐らく超直感と呼ばれる力ではないかと、力の早い覚醒に周囲は喜んだ。

「母親」は亡くなっているとはいえ、十代目の見合い相手のうちのひとりだった。

家柄としても申し分なく、紡がれてきた血の後継者としてこの上ない存在であることを認められている。

 

――――だからこそ、万が一のことがあってはならないと理解したのだ。新たな教育係選抜会議はその為に行われた。

 

 

それを決める権利を持つ人物たちが結局次の候補として挙げたのは、情報部主任を務める、三浦ハルだった。

主任という職を問題なくこなしている辺り、情報管理の面では誰よりも強く信用出来る。

実績もあり、ボスに長年褪せぬ忠誠心を持ち、部下からの信頼も厚く、守護者やその他幹部連中にも顔が利く、と。

 

他でもない、長年ハルの後ろ盾のなさを低俗な血だと蔑んでいた重鎮連中が―――そう、言ったのだ。

皮肉にもハルが“彼”と結婚して「家柄」を手に入れたから―――――。

 

 

 

『仕事に支障が出ない程度で構わない。やってくれるな?』

 

 

 

彼らは真実など知らない。知る由もないし、そこに辿り着く僅かな可能性さえも綱吉が手を打って消したのだと思う。

真実は一生隠し通さなければならないことで、ハルはただその子が無事に生きているだけで十分だった。

下手をすれば親子共々軟禁されるか、あるいは最悪、殺されてしまうこともあっただろう。

 

そんな風に、現状が最善だと言い聞かせてきたハルにとって、まるで奇跡のように舞い降りた突然の話。

それがどんなに皮肉でも、それがどんなに残酷なことだったとしても、どうして断ることが出来ただろう。

 

既に拙くも言葉を喋りそこら中を走り回るほど成長していたところで、情報部主任とはいえ、いやだからこそ、

そもそもハルが気軽に会うことの出来ない存在――――愛しい我が子に会える、チャンスを。どうして。

 

 

 

決して毎日とは言えない、そして一回たった数時間程度の短いもの。安全を守るために制約もきつい。

彼に対して何も言えない出来ない、そういう力などないハルには、それでも全然構わなかった。

 

 

 

―――――ボンゴレ十一代目後継者候補の名は、沢田吉治(よしなお)という。