ああ。それが愛おしい、なんて。
Melt Blue
今日、ハルの直属の部下が死んだ。仕事を終えボンゴレへ帰る道すがら、敵対ファミリーに襲われたのだという。
もちろん彼女自身も現場に居合わせていたが――――他数名と共に生き残った。
とある会議室でその一報を受けた綱吉は心の中で安堵の溜息を吐き、直後、そうした自分を軽く嗤う。
犠牲になったのは五名。その内幹部一名を含み、ボンゴレの負った損害は決して少ないものではない。
それでも綱吉はハルの無事を何よりも喜んだ。最悪の事態は回避出来たのだと。
ボスとしての立場を忘れ、その影で消え去った数々の命に目を瞑って。……ああ、良かった。そう思った。
神妙な顔で報告を終えた隼人を労い、表面上冷静さを保ちながら彼に柔らかく退出を促したのが数十分前のこと。
(………………え?)
誰もいない会議室の、何となく視線を向けた窓から覗く中庭にハルの姿を見つけ、綱吉ははっと息を呑んだ。
ハルは、泣いていた。中庭の入り口からは見えない生垣の影に身を潜め、ただ静かに泣いていた。
まるでいつかのことを思い出させるような――――誰にも知られないように、小さく身を潜めたその姿。
イタリアに来てから彼女が泣くところをよく見かけるようになった、気がしてならない。
それは今のように中庭だったり、ボンゴレ本部内にあるどこかの空き部屋だったり、はたまた外の路地裏だったり。
共通しているのはそれらが全て人気のない場所である、ということだけ。
ふと何かを感じて、とかそういうことは無かった。ほぼ偶然に近い形で綱吉はその場面に出会うのだ。
出張帰り、執務室へ書類を取りに行くとき、日々の鍛錬を終えた後……。
本当は大声で泣き喚きたいだろうに、力ずくで声を殺して、涙さえも流さず泣いているのも見た。
状況は日々様々だったが、ハルが泣いているということに変わりはなくて。
彼女には泣かないで欲しいと心底願うから、だから今まで幾度も手を伸ばしそうになったのに―――――
『………泣かないで、ハル』
『ハルちゃん……!大丈夫?!』
決まって邪魔が入るのだ。突如視界に現れた二人の仲間を、苦々しい思いで見つめる。
それは彼女の部下であったり、京子であったり、ビアンキであったり、はたまたクロームだったり。
心配そうに声を掛けられたハルは一瞬驚いた表情を浮かべて。……やがてそれは小さな笑みに変わっていく。
消えることはないだろう悲しみはやがて薄まり、彼女は二人の手を取ってゆっくりと立ち上がった。
なぜ、そこに自分が居ないのだろう。
なぜ、その笑顔は綱吉に向けられないのだろう。
イタリアに来てからずっと、彼女の声を――――声にならない悲鳴を、聞いていたのに。
いつだって最初に気付くのは綱吉だった。それなのに彼女への距離は遠くて、いつだって間に合わない。
誰も居なくなった中庭の片隅を見据えながら、思う。この手が届いたら。この声が、届いたら。
その時は優しく優しく抱き締めて慰めて涙を拭って、紅く染まった目元にくちづけをひとつ落とそう。
どんなに辛いことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、全て包み込んで守ってあげるから。
やがて少しずつ、気付かれないよう甘い毒を流し込んで、ぐずぐずに溶かしてからひとつになればいい。
(そうすれば、俺から一生離れられなくなるだろ?なあ、ハル―――)
いつの日にか消えてしまった恋慕に溢れたあの瞳も、もう一度こちらに向けさせることだって出来るはずだ。
強く噛んだ唇から滲む血を拭い舌で舐めて、その不味さにか、妙なおかしさがこみ上げてくる。
馬鹿だと思うのなら嗤えばいい。愚かだと思うのなら蔑めばいい。誰にどう思われても構わない。
逃がしてあげるような寛容さは持ち合わせていないんだ。残念ながら、ね。
傷つき流したその涙さえも全て、愛しているから。
―――――もし、いつか、この手が届いたら。