貴方の笑顔を、守りたかった。

 

 

 

 

どさり、という音と共に全身を襲った衝撃で、ハルはふと意識を取り戻した。

無防備に横たわっている自分を他人事のように感じながら、冷たい床に身を任せゆっくりと瞼を開ける。

 

 

(・・・・傍に、誰か、いる・・・・?)

 

 

しかし照明は暗く、意識が回復したばかりでぼんやりと霞む目には何も映らない。指一本すら動かせない。

次第に離れていく数人分の足音を耳にしながら―――此処が一体何処なのか、何故自分がこんな状態で居るのか。

 

 

ハルはそれをぼんやりと思い出していた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が、笹川京子か」

 

 

同盟ファミリーからの帰り道。そう声を掛けられたのはボンゴレ本部まで後少し、な大通りだった。

 

その日、情報部主任を務めるハルは昼から出張で外に出ていた。定例会議がある為急ぎ足で帰る途中のこと。

これが単なるナンパなら無視して通り過ぎる所だったが・・・その男が発した名前に心臓が止まりそうになって立ち竦む。

 

ハルは動揺を押し隠して、大通りからは見えない暗い脇道に立っている男を見上げた。

 

 

「―――笹川、京子だな?」

「・・・・・・・・・」

 

 

平和な日本での日常を捨て、危険なイタリアに来てマフィアとなってからもう数年の月日が経つ。

だから今、目の前で親友の名を口にするこの男が―――悪意を持っているかどうか位、分かるようには、なった。

 

(こうやって声を掛けてきたってことは・・・・区別がついてない、ってことですよね)

 

その程度の情報しか手に入れられない組織など、弱小も弱小。でも。・・・・でも、危険なことに変わりはなくて。

 

 

 

「そうですけど。・・・貴方、誰ですか?」

 

 

 

京子ちゃんを危険な目に遭わせる訳にはいかない、その想いだけで嘘を吐いた。

 

 

―――次の瞬間、腹部に強烈な衝撃を感じてハルは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

笹川京子。

晴のリング守護者、笹川了平の妹。私の親友。恋のライバル。

 

そして・・・・ツナさんの、好きなひと。

 

だから守りたかった。危険なことから少しでも遠ざけたかった。たとえ私が身代わりになっても。

彼女に何かあれば、きっと彼は笑顔を曇らせてしまうから。自分を責めて、酷く傷ついてしまうから。

 

 

(ただ、それだけだったんですよ・・・・ツナさん)

 

 

 

 

 

 

 

暗いのにも目が慣れてきて周りの様子が見えてくる。知らない場所だが、どこかの倉庫のようだった。

指一本動かせないと思っていたけれど、それは寝起き特有のものだったらしい。今は意識もはっきりしている。

 

それでも起き上がらなかったのは―――少し離れた場所で、密やかに話し合う男達の声が聞こえていたから。

 

 

「もっと梃子摺ると思ったんだがな、案外簡単だったぜ?後は本部からの連絡を待ってりゃいいのか」

「ああ、直ぐに折り返し電話が来る筈だ―――、っと」

 

 

携帯の機械的な電子音が耳につく。やけに冴えた頭が、自分の置かれた状況を理解していた。

 

そう、ハルは誘拐されたのだ。

『笹川京子』として。

 

ドン・ボンゴレ――沢田綱吉に対しての、大事な大事な人質として。

 

 

人質がどうなるのか、なんて分かり切ったこと。見せしめとして殺されるか・・・死なない程度に痛めつけられるか。

 

自分で選んだ事なんだから、と次から次へと湧き上がる恐怖をぐっと堪えるので精一杯だった。

 

 

 

―――だから、男が通話を終えた後に続けた言葉に、ハルははっと我に返る。

 

 

 

「おいボスから許可が下りたぞ!・・・じゃ、始めるとすっか」

「そいつ起こした方がよくねぇ?声聞かせるとかさー」

「んなもん後で向こう呼び出す材料に使うに決まってんだろうが。頭使え頭」

 

 

 

全身からさあっと血の気が引くのが分かった。何故最初にそれを考えなかったのだろう。

ボスに近しい人間を人質とする理由なんて、たったひとつしかないのに。

 

(駄目、です・・・だめ、駄目なんです、ダメなんですそれ、だけ、は・・・っ)

 

皆の足を引っ張るようなことは、絶対にしてはならない。イタリアに来てすぐ、そう決めた。

 

 

だってハルは弱かったから。あまりにも。

綱吉の力になるにはあまりにも脆弱すぎた。だからせめてと、邪魔にだけはならないようにと、決心した。

 

 

でも今ここでボンゴレに連絡などされたら・・・・・・・どうなる?

 

彼は優しいから、きっと助けに来てくれるだろう。どんな危険も顧みず、『仲間』を助けに、来てくれるだろう。

 

 

(・・・そんなツナさんが、だいすき、・・・・です)

 

 

だからこそ。

 

 

 

 

 

 

ハルは打ち合わせを続ける男達に背を向けたまま、そっと右手に銃を握り締める。

実戦で撃ったことなど殆ど無い、綺麗なそれ。ファミリーの一員と認められた時にツナさんから貰ったもの。

 

 

(わ、私だって・・・・)

 

 

一瞬だけぎゅっと目を閉じて。

 

 

意を決して開くと同時に跳ね起きて銃を構え、

今にも携帯片手に連絡しようとしている男に向かって、力一杯、引き金をひいた。

 

 

 

「―――八割は、当たるんですからっ!!」