零れ落ちていく。
何もかも。
青に、溶ける
ハルが『笹川京子』に間違えられて誘拐されたこと。その際、負傷していること。
そしてそれは、ボンゴレ十代目を誘き寄せる罠であったこと―――――
守護者達が固唾を呑んで見守る中、綱吉は携帯から聞こえる男の声にじっと耳を傾けていた。
ハルの、あの悲鳴にも似た叫びが耳から離れない。
『だってあの人達、京子ちゃんを人質にしてツナさんを誘き出そうとしてたんですよ?!』
『ツナさんだけは絶対駄目です!来たら許しませんよ、私は―――!!』
あの瞬間。
守ろうとしているのだと、悟った。あの小さくて細い身体を迷うことなく投げ出して。
だから咄嗟に反論できなかったのだ。その強さに、儚さに、胸を締め付けられるような苦しさを覚えたから。
ディーノが来て彼女を止めてくれなかったら、きっと押し切られていたに違いない。
「ああ、それで・・・・見つけてくれたんですね」
『偶然でしたがね。見つけられて良かったと、こちらも思ってますよ。ドン・ボンゴレ』
「―――本当に感謝してます」
綱吉はロマーリオから情報を得ながら、内心舌打ちしたい気分で一杯だった。
キャバッローネファミリーが今日、その港で極秘会談をするという情報は知っていた。
だからディーノ達が出てきた事に不思議はない。寧ろ居てくれて良かったとさえ思っている。
既に一人減ったとはいえ、お陰で犯人を生きたまま捕らえる事が出来たのだ。
二人居ればそれで充分――――背後関係を吐かせるのは容易い。
それでも。
(何で、・・・・・何でハルなんだよっ!)
辺り構わず喚き散らしたい衝動に苛まれ、綱吉は強く唇を噛む。怒りにも似たその衝動。
何とか堪えようと思わず力を込めてしまった手の中で、黒い携帯が軋んだ悲鳴を上げた。
少し後で折り返し連絡する―――ロマーリオにそう言われ、後ろ髪を引かれる思いで電話を切った。
守護者達の視線を一身に浴びながら、綱吉はそっと口を開く。
「おいツナ、それじゃハルは・・・」
「・・・今は、ディーノさんが見てくれてる」
「しかし――怪我を、しているんですよね?状態はどうなんですか」
「まさか命に関るような怪我ではないだろうな?!っ沢田!」
「・・・・わからない。肩を・・・・肩を撃たれたってことくらいしか・・・・」
綱吉が部屋に居た全員に事の次第を伝え終えると、即座にハルに関しての質問が飛び交う。
どの顔も真剣そのもの―――ではあったが、綱吉はそれをどこか他人事のように感じていた。
既に通話が切れた携帯をいつまでも手放せない。何かを言わなければならない、その事だけは分かっているのに。
そんな十代目ボスの様子に痺れを切らしたのか、リボーンが盛大に顔を顰めて叱り飛ばしてくる。
「おいダメツナ、しっかりしろ。お前がそんなんでどうする」
「・・・・・・・俺は・・・・」
こんなつもりじゃなかったんだ――――
飛び出しそうになったその言葉を、何とか喉の奥に押し込む。言ったところで無意味だと分かっていた。
彼女は実際襲われ、そして自分は護ることが出来なかった。
護る力はあったのに。―――誰かを護れるその力を、この両手に宿しているのに。
「それで、ボンゴレ。どう動きますか?」
その時、骸の一言で我に返った。
そうだ、とにかく動くんだ。状況の整理、敵の特定、やるべきことはいくらでもある。
「あ、ああ・・・とにかくまず、ディーノさんと合流しよう」
「なら了平は笹川のこともあるし、ここに残って付いててやれよな」
「・・・・うむ。悪いがそうさせて貰うぞ」
「京子ちゃんのこと、お願いします。それと雲雀さんに会ったら直ぐこっちに向かうよう伝えて下さい」
それぞれの想いはどうあれ今は動くしかない。綱吉もボスとしての義務を果たすために考えを巡らせる。
心のどこかで音もなく壊れていく“何か”に、最後まで気付かないまま―――
「僕もここで連絡係を。その代わりクロームを行かせます。女性が居た方がいいでしょう?」
「うん、そうだね。助かるよ。・・・で、リボーンは」
綱吉は有能な部下達の言葉にひとつひとつ頷いて、そして残った己の家庭教師に目を向けた。
死神と呼ばれるその少年は、腕を組み、酷く難しい顔をして綱吉を見ている。・・・まるで、何かを探るかのように。
心の中まで見透かされそうな気がして目を逸らすと、少しの間の後―――深い溜息と共に呆れた声が降って来た。
「・・・・・お前の面見てると危なっかしくてしょうがねぇ。見張りで付いてってやるよ」
「な、ちょ、なんだよそれっ!」
「今のお前じゃ聞き出す前に実行犯ぶち殺しそうだしな」
「リボーン!」
はっ、と馬鹿にしたような色を隠そうともせずに少年は笑った。
その瞳だけは―――恐ろしいくらい真剣な光を浮かべていたけれども。