彼女は自分の力を出し惜しみしたりしないから。
いつだって、何にだって、全力で立ち向かっていくから。
青に、溶ける
中庭に響き渡る派手な轟音を綺麗に無視し、綱吉が待っている筈の会議室へと急いだ。
が、到着した其処には誰もおらず書置きのひとつもない。・・・・・何か緊急事態でも起こったのだろうか。
雲雀は連絡係になったという骸に連絡を取―――ろうとして、舌打ちを零した。
今手元に携帯がないことをすっかり忘れていたのだ。ハルに繋がる唯一のそれを彼が手放す訳もない。
仕方がないので外に出て手近な部屋に押し入り、借りると一言断って固定電話に手を伸ばす。
無論、最高幹部且つ超危険人物である雲雀恭弥がする事に文句を付ける人間などいなかった。
数コールの後、少し前まで耳にするだけで何故か苛立ちを覚えていた声が流れて来る。
『はい、もしもし』
「あの救いようが無いお人好しは何処?居ないんだけど。それに確か君の部下とも一緒に行くんじゃないの」
『ああ、恭弥君。それが良く分からないんですよ』
「分からない?」
聞けば、ディーノと合流する場所が変わりそこへ行くと言い残して電話が切れたらしい。
何事かを問うたのだが、思いっ切り無視されたという。行き先を告げてはいたので深追いはしなかった、と。
そして骸が告げた合流先に、雲雀は我知らず眉を顰めた。・・・・・・キャバッローネ系列の“病院”?
「それ、ハルがってこと?」
『分かりません。でも彼が飛び出していった以上、その可能性は大きいと思います』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
リボーンが居たにも拘らず綱吉のその暴走を止めなかった。止めない方がいいと、判断したからか。
雲行きがどんどん怪しくなってきているのを肌で感じながら、雲雀はそっと溜息を吐いて壁に凭れる。
「とにかく、笹川京子の安全は確保したよ。毒サソリと隼人と了平が護衛をしてる」
『そうですか・・・それは中々豪勢な面々ですね』
「ボンゴレ内でアレに近づきたい人間は居ないよ。多分ね」
守護者が二人もついていて後れを取るなど有り得ない。現在の状況は彼ら自身、充分理解している筈だ。
あのままいつまでも遊んでいるわけではないだろう。それに関しては全く心配していない。
―――問題があるとすれば、今日多少暴走気味の我らがボスの方である。
ああいう日常は穏やかな人間に限って、切れると何をやらかすか分かったものではないのだ。
「じゃあ今からその病院に行く。僕の携帯はまだボスが持ってるからそのつもりで」
『わかりました。・・・・ならクロームと一緒に行ってくれますか?彼女は地下駐車場で待機中です』
「了解。合流できたらまた連絡する」
『こちらからも適時連絡を入れますよ。どうかお気をつけて』
駐車場の隅で黒塗りの車の傍に立ち、俯き、所在なさげに突っ立っている女性。
クローム髑髏。骸の片割れ。幻覚使い。
ボンゴレ日本組は女性が少なく、彼女がハルや笹川と仲良くなるのは当然のことと言えた。
だからだろう、その顔色は酷く悪い。無表情な中にも不安げな色が見て取れる。
雲雀が足音を立てずに近づくと、気配を悟ったのか弾かれたように振り仰いでくる様はただの少女のようだった。
以前仕事を共にした時と比べて何と弱弱しいことか―――――
「・・・ぁ、あの」
「何ぼさっとしてるのさ。早く乗れば」
「あの!・・・・ハルが、撃たれたって聞いて私・・・・」
「らしいね。ま、少し前まで普通に喋ってたけど」
怪我の具合が悪化した、と思うのが自然か。とはいえ呑気に喋る余裕はあったのだから命に別状は無いだろう。
キャバッローネ誇る最高医療機関に運ばれておいて、最悪、などというものは起こらないはずだ。
雲雀の言いたい事が伝わったのだろうか、クロームは小さく頷いて気持ちを落ち着けるように息を吐いて。
促されるまま素直に乗車し、後部座席に腰を下ろした。それを見届けてから雲雀も中に入りエンジンを掛ける。
そして。
「運転・・・・ありがとう」
「・・・・・別に。ついでだし」
片方は、面倒なことになったと苦々しく思いつつ。もう片方は彼女を失うことがただただ怖くて。
タイヤが嫌な音を立てて軋むのを遠くに聞きながら―――二人はボンゴレを後にした。
病院へ向かう途中で、出発した直後からずっと黙っていたクロームが口を開く。
「向こうに着いたら、わたし・・・ハルの傍に居ても、いい、かな」
「いいも何も、その為に骸は君を寄越したんだろ。僕らにはまだ犯人を特定するっていう仕事が残ってるからね」
「・・・・良かった・・・・」
そう、ハルを保護したところでまだ終わりじゃない。寧ろ本題はこれからである。
捕らえてあるという犯人―――内二人に、背後関係から全てを吐いて貰わなければならないからだ。
綱吉は勿論自分の手でやりたいと思っているだろう。それを止める気は更々ない、でも。
(・・・・妙なことにならなきゃいいけど、ね)
急いでいる、という、自覚はあった。