彼女が何を護りたかったか、なんて。

 

 

 

 

 

ブレーキを掛けるとタイヤが嫌な音を立てた。同乗者はそれを気にした様子もなく、黙って外を見ている。

目的地に着いたのはいいが何処へ行けばいいのかは分からない。無闇に歩き回るのは得策ではないだろう。

 

キャバッローネ系列の病院、とはいえ一般のそれとは明らかに趣が違う。万が一ということもあり得るのだ。

 

 

取り敢えずリボーン、もしくは綱吉のどちらかに連絡を取った方がいい――――

 

 

雲雀はそう考えて車に付属している電話に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、東棟15階の――9号室だ。・・・・・・ああ。そうしてくれ」

 

 

 

リボーンは最後にそう締めくくって通話を終えた。携帯を懐にしまい、一度上着の襟を正す。

 

 

 

「・・・恭弥達、か?」

「下に到着したらしい。ツナは雲雀に任せて、俺達は先に行くぞ」

「、いいのか?置いてくのはマズイだろ?」

 

「状況把握が先だ。それに―――今のアイツを敵に回す奴なんていねぇよ」

 

 

 

そう言うとディーノは、はっと息を呑んだ。閉じられた扉の向こう、眠るハルに付き添う綱吉・・・・・

 

仲間を思う気持ちは誰にも負けない位強い彼のことだ。秘めた怒りと悲しみは計り知れない。

 

 

(今のツナに聞かせてもいい情報と、そうでないものと。調べる必要がある)

 

 

 

もう、これ以上自分を責めてくれるな―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ハル・・・!」

 

 

 

雲雀に連れられ病室に飛び込んできたクロームは、傍に座っていた自分には少しも気付かなかった。

彼女は部屋の中央で横たわるハルの元へと小走りに近づき、名を呼びながら泣きそうな顔で覗き込んで、

 

――――たっぷり数十秒の後、漸く安心したように息を吐いた。

 

 

生きてる、大丈夫、生きてる、・・・彼女の唇がそう動くのを横目で見ながら、綱吉はそっとハルから手を離す。

あれほど身を焦がした嫌な感情は鳴りを潜めていた。それでも喪失感だけはいつまでも消えない。

 

 

 

離れた手。離れた温もり。届かない声。先刻までは確かに繋がっていたのに―――

 

 

 

「いつまで呆けた顔してるのさ。まさか寝るつもりじゃないだろうね?」

 

 

 

未練がましく己の手を眺めていると、痺れを切らしたように背後から声を掛けられた。

 

不機嫌そうな中にも少しばかり安堵の色が窺えるような気がする。言ったところで、絶対認めないだろうけど。

 

 

 

「・・・・・雲雀、さん。もう来てくれたんだ」

「君が暴走するからでしょ。はっきり言って迷惑なんだけど」

「・・・・・・・・・・・・・・はは、ごめん」

 

 

 

振り向くと、雲雀は扉の辺りで腕を組みこちらを睥睨している。彼が纏う雰囲気はかなり不穏極まりない。

 

本当に冷静さを取り戻した今となっては、自分は確かに馬鹿なことをしたと思う。

ボンゴレファミリーの10代目ボスとしてはあまりにも幼稚で、軽率な行動を取ってしまった。

 

 

でももう大丈夫。もうこれからはこんな事にはならない、こんな事にはさせない。

 

 

何故なら、俺は――――。

 

 

 

「リボーンは、外?」

「跳ね馬と一緒に地下に降りたよ。後は君を引っ張って来いって」

「わかった。それじゃ・・・・・クローム!」

「―――・・・・大丈夫。わたしに、任せて」

 

 

 

何も言わずともきちんと返って来た答えに苦笑しつつ。後ろ髪を引かれるのを何とか堪えながら。

 

綱吉はクロームにハルを任せ、雲雀を伴ってその部屋を後にした。

 

 

 

( 俺は、もう、決めたんだ )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・こいつは?」

 

 

 

建物の地下二階に位置しているそこは、明らかに病院というのには相応しくない場所だった。

剥き出しのコンクリートが薄暗い照明に浮かび上がり、その壁際には吊るされた男が二人――――

 

その内の一人は力無く項垂れ、完全に意識を失っているようだった。

 

そしてもう一人は・・・・口から泡を吹きながら何やら訳の分からないことを口走っている。

 

 

 

「あぁ・・・なんつーか、流石は毒サソリっつーか・・・」

「スペシャルにデンジャラスなクッキー、・・・・成程な。解毒は出来ないのか?」

「今やってる。でも分析班が言うには“時間内で完全に戻すのは無理”、らしいぞ」

 

「喋れりゃそれで良い」

 

 

 

リボーンは改めてその犯人達を見た。特別強いという訳でもない、特殊な何かの工作員ですらない。

一人は至近距離からビアンキ特製のポイズンクッキングを浴びせられ、悶絶。

 

もう一人は右手と足を撃ち抜かれている。問題の右手には既に手当ての痕があったことから、

ハルは一度抵抗し、又は脱出を試み、そしてそれに失敗したのではないか――――という推測が立てられる。

 

 

彼女もその際肩を負傷し、人質としての利用価値を失わない為に止血という治療を受けた。

 

 

 

「で、まさかこの中にハルをやった人間が居るとかいうオチか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・いやほら、まあ、な?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

知らせるべきか、知らせるべきでないのか。

 

この二人に地獄の苦しみを味わわせて殺すのは簡単だ。赤子の手を捻るよりも。

 

 

 

(でもその行為は、ツナを傷付けるだけなんじゃないのか・・・?)