イタリアに来てから、沢山のものを失った。
どんなに願っても、どんなに祈っても、それらは手の中から零れ落ちていく。
青に、溶ける
雲雀と共に地下へ降りると、医療班と見られる人間が数名犯人と思われる男共を治療していた。
部屋の中央にはディーノとリボーンが立っていて、綱吉に気付くと声を上げ注意を引くように声を上げた。
「・・・・ツナ」
「ふうん・・・この人達が、そうなんだ?」
「もう大抵は聞き出してる。お前は手を出すなよ」
「―――――――――」
そして二言目にはこれである。確かに彼女を傷付けた以上楽に死なせてやるつもりはないけれども。
まだ情報が得られるかもしれないこの状況で、綱吉に暴れられては困るという。
(・・・・いや。そう思われても仕方がない、かな)
本当はそうするつもりだった。ハルの、あの悲鳴のような叫びを聞いてから綱吉はそう心に決めていた。
病院に着いて彼女の無事を確認できたら、犯人を締め上げて吐かせるだけ吐かせて――――殺す。
自分が何をしでかしたのか、一体何に手を出したのか心底分からせてから――――殺す。
世界中のありとあらゆる苦しみを与えて――――殺す。
多分その思考を悟られていたのだろう。冷静になって周囲を見る余裕が出来た今ではそれが分かる。
リボーンも、ディーノも、はたまた雲雀でさえも、今の綱吉を扱いあぐねているようだった。
衝動のままに全てを壊してしまわないかと。ボスという立場を忘れて、暴走してしまうのではないかと。
「ディーノさん。背後関係は分かりましたか」
「ぅお?!あ、ああ、先刻こいつが吐いた。薬・・・使ったけどな」
「ああ、良かったです。是非教えてください」
でも彼らは勘違いしている。そう言う自分もずっと思い違いをしていた。間違っていた。
今、この敵を排除したところで何一つ変わりはしない。それは一時的な処置に過ぎない。
ハルが情報部主任である限り―――綱吉の仲間である限り、マフィアの一員である限り、危険は無くならないのだ。
病室に力なく横たわる彼女を見て、やっと分かった。どうすれば彼女を本当に守れるのかを。
(もう絶対に傷付けさせない、から)
自分には、それだけの力が、ある。
「・・・・綱吉、これはもう用済みでしょ。どうするの」
「ん?まあ薬に耐性がないとも限らないし。最後に殺すよ」
「っ、おいツナ!お前は一体何を考えてる!」
「何って・・・・?」
リボーンはどうしてそんなに焦った声を出すのだろう。やっとどうすべきか分かったのに。
もう何も心配することなんてないんだ。・・・・今度こそ、間違えたりしない。
「俺はただ、もう誰にも傷ついて欲しくないだけだよ」
骸に連絡するから、と言って綱吉は雲雀の携帯片手に地下の部屋を出て行った。
そのあまりの変貌ぶりに三人の男達は言葉を失っていた。―――あれは、“誰”だ?
仲間を、しかもあのハルを傷付けられて、彼が怒らない筈はなかった。纏う雰囲気がそれを証明している。
それなのに・・・・その実行犯の生き残りを目の前にして、一発も殴らず、それどころか一度も責めなかった。
リボーンが牽制しても反発しなかった。業を煮やした雲雀が『どうするのか』と挑発しても、動かなかった。
「ちょっと。何あれ」
「・・・・・・・病室で何かあったか・・・?おい、」
「別に普通だと思ったけど?ぼやぼやしてるのはいつものことだし」
リボーンは舌打ちを零す。ハルが無事だと分かったなら、綱吉も安心して元に戻るだろうと思っていた。
だが今のあいつは何だ?電話を受けた当初の腑抜けた状態とは違う。道中の焦りすらもうすっかり消えている。
(そう、あれは―――)
何かを決意した者の目、だ。それも途轍もなく嫌な感じがする。一番厄介な状態に近い。
しかしここで黙っていても仕方がないと思ったのか、ディーノが声を上げる。
「俺は・・・とにかく情報の整理を急ぐ。悪ぃ、ツナ任せたぞ」
「ああ、分かった。―――雲雀は、ツナから目を離すな」
「幾ら綱吉でも、一人で敵陣に乗り込むような真似はしないと思うけどね」
「・・・・・・そうしてくれた方がまだ、分かりやすくていい」
多分そうはならない事を、この場に居た誰もが、痛いほどに理解していた。
今自分がしようとしていることは、きっと彼女を傷付けるだろう。だがそれは本意じゃない。
だからこそ彼の力が必要だった。もう誰一人傷つかないようにするにはこの方法が一番なんだ。
(これは、ハルの為なんだから)
綱吉は後ろ手に扉を閉めると、奪ったままの雲雀の携帯でボンゴレに居る骸に電話を掛けた。
数コール後に落ち着いた低い声が聞こえてくる。幻覚を操る―――霧の守護者。
「ああ、骸?―――少し頼みたい事があるんだ」
もう、戻る道などない。