泡沫の夢の中で、君と。
青に、溶ける
小奇麗な部屋を用意した。ボンゴレ本部の、誰も知らない片隅にそっと。
でも余りに広いと彼女が恐縮してしまうだろうから、まあその辺りは適当に。
窓はふたつ。いつでも外の景色を見れるように。気に入って欲しくて、彼女の好きな色のカーテンを掛けた。
アンティーク屋で見つけた可愛らしい木製のティーテーブルと、椅子のセット。
料理には並々ならぬ情熱を燃やす彼女の為に、使いやすいシステムキッチンを備えておいた。
寝室やお風呂は、出来るだけ彼女が今まで過ごしてきた家に似せて造り、リラックスできるようにした。
「彼女が正気であれば、逃げられてしまうと―――思っているんですか」
鋭い言葉が耳を打つ。綱吉はベッドに横たわるハルの髪を手で梳きながら、ふと苦笑を浮かべる。
どうなんだろう。半分は当たっているけれど、もう半分は違うような気がしていた。
この部屋は幹部以外誰も知らない。入り口も偽装されているから、侵入されるようなことはない。
情報部主任というだけでも狙われる立場なのだから、用心するに越したことはないだろう。
ハルの安全を第一に考えて、綱吉はこの部屋を作った。しかし・・・彼女の行動力は、こちらの予想を遥かに上回る。
「より危険な方へ自分から飛び込んでいっちゃうような性格だからね。安心出来ないんだ」
「後悔・・・・しないのですか。君も分かっているでしょうが、この力は―――」
「俺はもう、これ以上ハルが傷つくのを見たくない」
「っ、この行為自体が既に」
「だからお前の力が必要なんじゃないか」
綱吉は最後まで骸に喋らせなかった。何とか止めようとしているのは分かっている。
何だかんだ言ってこの青年も、・・・・他の皆も、ハルのことを仲間だって認めているんだから。
(でもそれだけじゃ、その想いだけじゃ、守れない)
骸は幻覚を操る。それは直接脳に働きかけ、ある筈のないものをあたかも現実に存在するように錯覚させる。
他にも能力は多々あるが―――今必要なのは、その力だ。
「間違いは正さなきゃ。まだ、間に合う内に」
「――――――」
「・・・・・・骸。頼んだよ」
黙り込んだ骸と眠ったままのハルを置いて、綱吉はその部屋を出た。
あの日倒れてから、彼女は一度も目を覚ましていない。麻酔を投与し続けるよう綱吉が命令したからである。
ハルが、起きて。・・・その目を見てしまえば、決意が揺らぐ気がしていた。
自由奔放な彼女を己のエゴで閉じ込めること。己の無力さに目を瞑って、彼女にだけ無理を強いること。
余計なことを何も考えずに済むようにと―――骸に、所謂催眠術のようなものを掛けて貰うようにしたこと。
「お前も、間違ってるって思うの?リボーン」
「・・・・・・・・お前が決めた事に、口を出す気はない」
「そういう顔には見えないけど、ね」
曲がり角には家庭教師が立っていた。苦々しい表情と口調を隠しもしない。
ハルをあの部屋に“入れる”ことを告げたとき、彼は驚かなかった。多分薄々気付いていたのだろう。
もう戻れないところまで来てしまったことを。この道を進むしかないことを。
「骸まで使って、どうするつもりだ?」
「保険を・・・掛けておきたかった。外は彼女にとって危険すぎる」
「あいつはお前の人形じゃねぇぞ」
「・・・・・・・?何言ってるのさ。ハルはハルだろ」
リボーンが何を言っているのか分からなくて、首を傾げる。どんな姿でもハルはハルだ。
イタリアに連れて来たことさえ間違っていたけれど、それはもう過ぎたことでしかない。
これから、この先、どうやって彼女を守るかを考えれば・・・・・・・・答えは自ずと見つかった。
(そうやってただ、あの部屋で、いつもみたいに笑っていてくれたら)
そんな自分の様子を見て、少年は舌打ちひとつ、『わかってねぇな』と呟いて―――くるりと踵を返した。
(それだけで、俺は)
次の日。
当然、主任が姿を消したということでその日の情報部は騒然となった。
だから綱吉自身が出向き、三浦ハルは病気になって緊急入院していると説明した。
立場上その護送先は教えられないという説得に渋々納得した彼らは、少しずつ彼女の居ない日常に慣れていく。
「十代目・・・」
「ああ、その資料だっけ。ごめんごめん」
「・・・・ツナ。無理、すんなよ」
「はは、俺は大丈夫だよ。別にどこも悪くないし」
それは自分達も同じこと。彼女はあの部屋でずっと、暮らしていくんだから。
なあ、ハル。
仲間を護る為に負ったその傷が癒えたら、今度こそ、自分の為だけに生きればいいよ。
今まで本当に頑張ってくれてたもんな。もう誰かの為に、傷つく必要なんかないんだ。
だから、今はゆっくり休んで。
目が覚めたら―――どうか、優しい世界で、笑っていて。