今更、迷うべきじゃなかった。
今更、惑うべきじゃ、なかったんだ。
青に、溶ける
命中率八割ちょい―――それはリボーンが合格点を出した時、ハルが残した射撃の成績である。
戦闘を主とする皆からすれば、笑ってしまえるような成績だったのかもしれない。それでもハルには快挙だった。
人型の的に向かって練習して、急所を覚えて。銃の重みと火薬の臭いと大きな銃声に耐えながら頑張った。
イタリアに行きたくて、彼の傍に居たくて、頑張った。・・・・けれど。
「―――う、ぁ、ぁあああああああ!?」
必死の思いで放った銃弾は男の携帯を、持っていた手ごと撃ち抜いた。狼狽した絶叫が部屋に響く。
一瞬にして空気が変わった。裏の人間特有の殺気が鋭くこちらへと向けられる。
(・・・・・ぁ・・・・わ、わたし、いま) なにを。
人を、撃った。
赤が溢れ出てくる左手を押さえて跪き呻く男を、・・・・・・撃ったのだ。この銃で。
その事実にハルは思わず硬直した。一瞬手に持った鉄の塊を落としそうになって慌てて握りなおす。
でもそれは、決して男が可哀想だったからではない。彼らに同情していたわけじゃ、ない。
ボンゴレに楯突くこの連中よりも、ボンゴレの皆の方が遥かに大事だったから。戦うと決めたから。
ただ―――人を傷付けるという行為そのものが、予想していた以上に深く深くハルの心を抉った。
「この女、起きて・・・!?」
「畜生、畜生、畜生!よくも俺の手、俺の・・・・手をぉっ!!」
流れる赤が、目に焼きついて離れない。赤い色、赤い、赤い・・・血。
(し、仕方なかったんです。そうしなきゃ私はツナさんに迷惑を掛けてしまうから、だからハルは)
ボスに迷惑が掛かるから。皆に迷惑が掛かるから。だから皆の為に。だからボスの為に。
頭の中でぐるぐると言い訳らしき戯言が巡る。そのどれもが間違っていると、本当はわかっていた。
ハルはその時―――目の前の光景から目を逸らしていた。自分のしでかした事を直視するのが怖かった。
戦うと決めたくせに、迷った。惑った。
だから行動が一歩遅れた。
そして。
「―――ッ待て、殺すな!」
そんな声が聞こえた、と思った次の瞬間――――左肩が灼熱を帯び、ハルは衝撃で後ろに倒れ込んだ。
天地が反転し目が回る。その間もずっと、自分が倒れた事も気付かずに声なき悲鳴を上げ続ける。
(あつい熱い熱いあつい熱い、熱い熱い・・・・熱い熱いあつい熱いっ!)
無様な体を晒す人質を冷たく見下ろしながら、男達は嗤った。
「・・・ッチ、手間、かけさせやがって・・・畜生、痛ェ・・・用が済んだらコイツ・・・・貰うぞ」
「は、好きにしろよ。用済みになればどう使おうと勝手だ」
「流石ボンゴレ、ってか単に運が良かっただけか?―――大人しくしてりゃ楽に死ねたのによ」
(・・・なにを、言っ・・・・わ・・・わたし、・・・いったい・・・・・・・?)
男達の声が頭の中でガンガンと響く。熱い。痛みはあるけれど、熱い。考えが全然纏まらない。
ぼうっとして意識を手放してしまいそうになる。肩が痛い。熱い。苦しい。熱い。痛い。悔しい。
(・・・・・・・けて、)
ツナさん。
「―――――――っひ、ぁ!?」
「悲鳴ぐらいあげろよな、面白くねぇ」
「おいだから殺すなって。お遊びも程々にしろよ」
ガッ、と嫌な音聞こえると同時に全身に激痛が走った。叫びたいのに喉がひりついて声が出ない。
無意識に右手の銃を手放して左肩の傷を押さえていたその上から、男の革靴で強く踏み躙られたのだ。
痛い、なんてものじゃなかった。ショック死しそうだと頭のどこかで思う。こんな痛みは知らない。知らない。
(・・・・で、も。皆さんはいつも・・・・こんな、風に)
でも自分は皆みたいに強くないから、きっと此処で死んでしまうかもしれない。何ひとつ守れないまま。
(死ぬ・・・わたし、ここで死んじゃうんですか・・・?)
嫌だ、と本能的に心が叫んだ。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
まだやりたいことがある。もっといきたいところがある。もっとたべたいものがある。もっと、もっと、そして。
( 逢 い た い )
色んな人の顔が浮かぶ。日本に居た頃の、そしてイタリアに来てからの仲間。残してきた家族。
その最後には、ずっと傍に居たいと願った人が微笑んでいた。
この世界で一番好きな、ひと。
――――死ねない。
(・・・・まだ、死ぬわけには、いきません。・・・こんな所で死んじゃ駄目なんです。絶対駄目なんです。
まだ何も始まってないのに、全部これからなのに。必ず生きて、・・・・・帰る、ん、です)
ツナさんの、所へ。