飛び散る赤。黒い煙。地に倒れ伏す男。

煙草を銜えた青年は、苦々しい顔で吐き捨てた。

 

 

『――っ、だからお前は、いつまで経っても・・・・!』

 

 

 

 

 

 

 

涙が一粒、眦から零れ落ちた。その感触にハルは現実へと引き戻される。

窓から差し込む朝日。鳥の声。また、何か、酷く悲しい夢を見ていたような気がする。

 

 

(・・・・・また?)

 

 

流れる涙を幾度も拭いながら、自分に問い掛けた。・・・どうして、そんなことを思ったのだろう。

 

 

(悲しいことなんて、此処には無いはずなのに―――)

 

 

 

 

 

 

 

この部屋には毎日人が来てくれる。ツナは勿論のこと、他にも珍しい来客で一杯だった。

だから退屈することなんてなかったし、外へ出たいと思うこともなかった。

 

此処に居さえすれば何でも手に入る―――心底望んだ幸せが、この部屋にはあったから。

 

 

 

「あ、山本さんに獄寺さん!」

「わり、今いいか?土産持ってきたんだけどよ」

「勿論です!えへへ、今日は何ですか?」

「前ハルが言ってた店の―――獄寺に並ばせて買っといた」

 

 

「てめ、十代目にって話だっただろーが!人を騙しやがって、」

「まあまあ、ツナの分は別に置いてあるって。あ、取り分け頼むな!」

 

 

「っだから人を扱き使うな―!!」

 

 

 

日本に居た頃と同じ様な日々が、そこにはあって。

 

痛みも、悲しみも、苦しみも。粉雪のように溶けてしまって、残らない。

 

 

 

「毎日紅茶じゃ寂しいだろ?今日は煎茶でいいか?」

「はい!ハルは山本さんのお茶大好きです!」

 

 

「お前、茶しか才能ねーのな」

「おっそれ褒めてんの?」

 

「だ・か・らテメェは・・・・!」

 

 

 

部屋に響く笑い声。血の匂いも、硝煙の臭いもしない、ただただ穏やかな時間。

 

 

 

「獄寺さん暴れないでくださいー!折角のお菓子がダメになるじゃないですか!」

「だよなあ。こいつ直ぐ切れるからいつも大変で」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・お前ら、喧嘩売ってやがるんだな?そうなんだな!?」

 

 

 

いつまでも覚えていたいと、思った。忘れたくないと。この平穏が脅かされる事など無い筈なのに。

 

 

(どうしてこんなに、不安なんでしょう・・・・)

 

 

仲間と笑っていながらも、頭のどこかで、警鐘が鳴っている。

 

 

 

―――これは、いつか終わる夢なんだから、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ、と微かな溜息が耳に届く。

 

リボーンは資料に落としていた視線を上げ、音のする方へと意識を移した。

あの日――そう、ツナがハルを閉じ込めたあの日から、こいつは溜息ばかりを吐いている。

 

 

(何が安全だから、何が安心だから、だ。仕事に支障が出てるだろうが)

 

 

こちらもわざと大きく溜息を吐いてやると、自覚があるのか、若きボスは視線の先でびくりと肩を震わせた。

 

 

 

「おいツナ。――ハルは、どうしてる」

「え?・・・ああ、元気だよ。・・・ってリボーン。気になるなら自分で行けばいいだろ」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

「あの雲雀さんでさえ何回か行ってるのに」

 

 

 

その通りだ、と自分でも思う。しかしどうしてもリボーンはあの部屋に行く気にはなれなかった。

他の守護者、あの雲雀や骸でさえ、何度も足を向けているらしい。己はただその様子を誰かから聞くだけ。

 

 

(肩の傷はもう塞がって―――術の所為で痛みもないまま、苦しみのない世界を生きている)

 

 

ハルには今の所目立った変化はなく、事態を理解する風もない。普段通りの態度だという。

 

 

 

―――――自分の事を『ハル』、と称するようになったということ以外は。

 

 

 

二十歳の誕生日になって、けじめとして呼称を変えたハル。その姿は今にも目に浮かぶように思い出せるのに。

 

 

 

彼女はただ、あの部屋で、訪れる人間を笑顔で迎える。

 

何も知らなかった頃の純粋な笑顔で。

 

 

 

 

「どうしたの、リボーン?」

「・・・何でもねぇぞ。余所見してないでさっさと仕事しろ」

「ちょ、最初に話しかけたのそっちだろ?!」

「その前には手が止まってただろうが」

 

 

 

ぐちぐちと文句を垂れる教え子に銃を向けて脅し、慌てる様を鼻で笑う。

 

・・・きっと、見たくないのだ。自分は。まるで、何もかも置いてきてしまったかのような彼女の姿を。

 

 

こいつと共に在る為に決めた覚悟も、こいつの傍に居たいが為に選んだ銃も、何もかも。

 

 

(お前が、奪っちまったんだぞ・・・・ツナ)

 

 

 

そんな権利など、無いくせに。