私はただ、彼が笑っていてくれれば―――それで良かった。
でも、それは、間違っていたのだろうか。
青に、溶ける
ボスである綱吉は常に忙しい。それでも、毎日少しでも暇を見つけてはこの部屋に来てくれていた。
しかも今日は久々に晩御飯を食べていってくれるという約束だったので、数日前から楽しみにしていたものだ。
腕によりをかけて彼の好きな料理を作りつつ―――それでも、ハルは何度も考え込んでしまう。
今の生活には、自由がない。それは確かだ。そして、そんな状況を甘んじて受け入れている自分がいる。
(・・・・おかしいこと、なんですよね・・・・?)
しかし外に出たいかと問われれば、実際そうでもないような気がしている。だってこの部屋はとても心地がいい。
綱吉も―――多分、他の人も。何も言わないのだから、ハルにここに居て欲しいということだろう。
これからもずっとここに?・・・何だかとても想像しにくいけれど、別に嫌ではなかった。
皆とは違って強くもないし、足手まといだし、外に出れば迷惑ばかりかけてしまうから。
ハルがここに居ることで、彼が笑っていてくれるなら―――。
そう思うと、昼に雲雀が来てからずっと胸に巣食っていた不安が、綺麗に消えていくのを感じていた。
「うん。美味しいよ、ハル」
「はひ、本当ですか!嬉しいです!!」
「これ煮込むのに時間掛かったんじゃないのか?大変だったろ?」
「いいえ!ハルのツナさんへの愛のパワーがあればへっちゃらですっ」
彼は忙しい身で毎日ハルに会いに来てくれる。一日だけ会えない時があったけれど、ちゃんと電話を掛けてくれた。
嬉しかった。毎日が楽しかった。なのに、どうしてなんだろう、と思うことがある。
「デザートも凝ってみました!ツナさん、じゃんじゃん食べてくださいね!」
「・・・・・ぷっ」
「ってなんで笑うん・・・・―――っ?!」
「ハル、ほっぺたにご飯粒付いてる」
「はひ―!じじじ、自分で取れますってば!!」
二人きりの食事。・・・幸せな時間。なのに、こんなことをしていて良いのだろうか、と思うことがある。
ハルがこの部屋で暮らし始めたそもそもの理由は分からない。もしかしたら、肩の怪我に関係があるのかも。
別にそんなことはどうでも良かった。綱吉がここに居て欲しいと願うなら、それで楽になれるなら。
ただひとつだけ―――言いたいことがあるとすれば。
(・・・・勘違い、しちゃうじゃないですか)
こんな風に二人で食事したり。毎日毎日会いに来てくれたり。欲しいと言ったものを買ってきてくれたり。
違うと分かっていても、未練がましい愚かな心は期待してしまう。・・・・勘違い、してしまう。
(まるで―――恋人同士みたい、だなんて)
この人はどうしてこんなに優しいのだろう。どうして?こんなこと、今までなかったはずなのに。
昔の彼は優しかったから・・・所構わず暴走する自分をはっきりとは拒絶出来なかっただけ。
だったらどうしてこんなこと、するんですか。どうして期待させるようなこと、するんですか。
『京子ちゃん』 は?
「――――――っ!」
ハルは思わず立ち上がって綱吉に背を向けた。己の思考が恐ろしかった。
彼の厚意を勝手に曲解して。まだ足りないと欲しがって。あまつさえ、親友に嫉妬するなんて――――
「え、ハル、どうし」
「お茶!・・・淹れなおしてきますね。冷めちゃいましたし」
「いやいいよ、まだこんなに残って」
「飛びっきり美味しいの用意しますからっ!」
「ちょ、待てって、急に動かしたら――!」
醜い自分が嫌だった。日本に居た頃だって、そんな風に思わなかった訳じゃない。でも。
ここに来ると決めたときに、もう止めようと誓った。この想いは、ただ自分の中だけで育てていこうと。
そして彼が誰かと結婚するときには、ちゃんと笑って―――祝福しようって!
衝動に突き動かされるままに勢い良くポット類が乗ったお盆を取り上げた、次の瞬間。
「・・・・・危ないよ」
勢いが強すぎてぐらりと揺れた体を、暖かな手がしっかりと支えていた。
驚いて見やると恐ろしいくらい真剣な顔をした綱吉が、ハルを見下ろしている。
あぶないよ。そう告げたその顔に、何かの声が重なる―――― 『行くから』
「怪我したらどうする気だよ。俺の心臓止めたいの?」
「ご、ごめんな・・・さい・・・」
「冷めたってハルの紅茶は美味いよ。そんなこと気にしなくていいからさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・は、い」
(怖い・・この声。怖い。ツナさんが怖い。どうして?ツナさんなのに・・・・)
『一生恨みます!・・・・・・来たら許しませんよ、私は―――!!』
この記憶は、なに?