私たちは、どちらも正しかったのだと思う。

 

そしてどちらも、間違っている。―――まだ間に合うはずだ。

 

 

 

 

 

 

仕事中だとわかっているのに、電話をかけた。ツナが忙しい今でなければ二人きりにはなれなかったから。

また、正直に正面からお願いすれば、かの少年は余程のことがない限り断ったりはしない。

 

 

(・・・・リボーンちゃんは出張が多いですし、一ヶ月や二ヶ月会えないのは珍しくないですけど・・・・)

 

 

今のハルが聞きたいことに対して、最も的確な答えをくれるのは彼以外にいないと思った。

 

 

 

 

 

 

じくじくと痛む手。重い左肩。痛みを感じないような、そんな薬でも飲まされていたのだろうか。

その点、彼らは命に関わるような危険なものを使ったりはしないと信じている。だから心配はしていない。

 

 

それに痛くない、と思えば本当に痛くなくなってしまう気がして―――痛みを誤魔化すようなことは考えず。

 

 

ハルは苦痛に顔が歪みそうになるのを堪えながら、客人を迎え入れる用意を整えた。

 

 

 

・・・・数分もしない内に、軽いノックの音が響く。

 

足音を立ててくれればいいのに、と思った。殺し屋という職業柄仕方ないかもしれないけれど。

 

 

 

「どうぞ、開いてますよ」

「・・・・・・入るぞ」

「リボーンちゃん!」

 

 

 

来てくれたんですね、とハルは微笑む。音も立てず現れたリボーンの目をみて、そっと安堵の息を吐いた。

本当の本当に会いたくないと思っているのなら、彼はわざわざ来てくれたりはしないから。

 

 

 

「そっちに座ってくださいね。今コーヒーを・・・あ、これ言ってたゼリーです!」

「―――ハル」

「はひ?なんですか?」

 

「元気、そうだな。調子はいいのか」

 

「―――――――はい。とっても」

 

 

 

当たり障りのない、リボーン相手にしては珍しいほどのぎこちない会話が続く。

声が震えたりはしなかっただろうか。痛いと顔に出さずに済んだだろうか。そんなことばかりが頭を巡って。

 

読心術さえ身につけているというヒットマンに隠し事など、馬鹿らしいかもしれない。

 

 

それでも――知るまでは。この先どうするかを決めるまでは、何も話すわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に入ってハルを見た瞬間、リボーンは妙なものを感じて目を眇めた。

いや、違和感を覚えないことに違和感を覚えたのだ。その感覚を言葉にして表すことは難しい。

 

何というか、あまりにも普通―――普段の、日常的な、見知った彼女の姿だったから。

 

ハルは今骸の術にかかり、あらゆる苦痛を感じないと聞いている。イタリアに来てからの記憶も殆どない、と。

 

 

(・・・・・・・・どういうことだ?)

 

 

人形のような、ある程度無機質な状態を想像していただけに拍子抜けした気分だった。

とはいえ完全に以前のハルだとは言い切れない。見ようによっては・・・・・・酷く憔悴しているようにさえ思える。

 

まさか骸の術が解けて・・・・?まさかな。だとしたら彼女がいつまでもこの部屋で大人しくしているわけがない。

 

 

 

「美味しいですか、リボーンちゃん」

「ああ。・・・そういやツナが拗ねてたぞ。自分が呼ばれなかったから」

「そうなんですか?んもう、ツナさんの分はちゃんと残してあるのに――子供みたいですねえ」

「・・・・・・・・・・・・そうだな」

 

 

 

全く以ってその通りだ。こんな短絡的な行動に出るとは、アイツもまだまだ青臭さが残る。ガキのままだ。

傷つくのが怖いなら自分で守ればいいものを。わざわざ暗い方にばかり進みやがって。

 

 

(・・・あの、ダメツナが)

 

 

今更止める気はない。ないが、日に日にやつれていくツナを見ていられなかった。

ハルを傷つけたくないとか言いながら、結局自分が一番傷ついてやがる。しかも自覚なしと来た。

 

 

 

もしかしたらあの時殴ってでも止めさせておくべきだったのかもしれない―――

 

ツナがどれだけ反対しても、ハルを日本へ送り返して引き離しておけばよかったのかもしれない―――

 

 

 

「リボーンちゃん?」

「いや、なんでもねえぞ」

 

 

「むむ・・・・はひ、わかりました!やっぱりツナさんに扱き使われてたんですね!」

 

 

(・・・・オイ待て。)

 

 

「――はっ?」

「ツナさんが毎日来てくれるのって、リボーンちゃんに仕事を押し付けてたからなんですね!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは」

 

 

 

単にアイツがお前に会いたがってるからだ、という言葉はハルの勢いに流され、消えた。

 

『大丈夫です今日会ったときにがっつりと注意しておきますから!今はゆっくりしていってくださいね!』

任せてください!と明るくガッツポーズする彼女の姿は、ここ十年で本当に見慣れたもので。

 

 

(ただツナは、ハルのこういう所に救いを求めただけなんだろうな)

 

 

その根本にあるのは純粋な好意なのだと、アイツ自身気づいているのかどうか・・・・。

 

 

そんなことばかり考えていたリボーンは、だからこそ気づけなかった。

目の前でにこやかに笑う彼女が何を思って自分をここへ呼んだのかを。ただ世間話をするためではないことを。

 

 

 

「リボーンちゃん。聞きたいことがあります」

 

 

 

何人も救ってきたその明るい綺麗な笑顔のまま。恐ろしいくらい真剣な目で。

 

静かな静かな声音。そこには骸の齎した夢の片鱗など、どこにも見受けられなかった。