彼から笑顔を奪うのなら。

 

この部屋は、―――――いらない。

 

 

 

 

 

 

頭は酷く冴えていた。驚いたように目を見開くリボーンに笑いかける余裕さえ、あった。

 

本当は答えなんて最初から分かっていたと思う。ただ、それを認めてしまうのが怖かっただけ。

夢のような現実。この部屋は、本当に心地が良かった。いつまでも居たいとさえ思っていた。

 

 

(でも。夢は、いつか必ず覚めるものです・・・・)

 

 

自分に戦い方を、銃の使い方を教えてくれたこの少年にこそ、背中を押して欲しかった。

 

 

 

「ハ、ル?」

「聞きたいことが、あるんです。今日はその為に来てもらいました」

「・・・・・・・・・・ちょっと、待て。お前骸の術は・・・・・」

「え、骸さんがどうかしたんですか?」

 

 

 

リボーンが絶句しているなんて滅多にない。ツナさんが見たら驚くだろうな、なんてどうでもいいことを考える。

にしてもこの驚きようはどうだろう。聞きたいことがある、と言ったのがそんなに変だろうか?

 

それに骸、と言ったけれど。あのひとがどうして出てくるのかさっぱり分からなかった。

 

 

 

「ハル、お前、記憶が戻ったのか?」

「記憶?」

「イタリアに来てからのことが分からないんだろう?」

 

「はい。さっぱりぽんです!」

 

 

 

元気よく言い切ると、リボーンは非常に疲れた様子でため息をついた。

それに何だかむっとしたけれど、言い返すことは止めておいた。だって、今重要なのはそれじゃない。

 

 

 

「あのですね、今はそんな事どうでもいいんですよ」

「・・・・・何だと?」

 

 

 

自分の記憶なんて。過去なんて、どうでもいい。知りたいのは未来。これから先、生きていくこと。

 

どちらを選ぶべきなのかを、今、決めなければならない。昔のことはそれからだ。

 

 

 

「教えてください、リボーンちゃん。ツナさんは今――笑って、いますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分にとって、一番の優先順位はいつだって、そのことだった。

骨の芯まで凍えそうな恐怖に耐えながら銃を手に取ったのだって、ただただ彼に笑っていて欲しかったから。

 

少しでも翳ることのないように。いつだって、本当の、心の底からの笑顔を見ていたかった。

 

 

 

「確かにこの部屋に来てくれた時は、いつだって優しく笑ってくれます」

 

 

 

でも、外では?ちゃんと今まで通り、笑っているの?本当に?

 

ここから一歩も出られない自分では、それを確かめる術を持ち合わせてはいない。

あぶないよ。そう言ったあのときのように―――今にも泣きそうな顔を、していたなら。

 

 

(自分がここに留まっている意味がない。彼に無理をさせているだけでしかない)

 

 

 

「ツナさんが笑ってくれるなら、いいんです。別に記憶が戻らなくたって」

「・・・・・ハル。なんで、そこまで」

「そんなの決まってるじゃないですか!ツナさんが好きだからですよ!!」

 

 

 

それはリボーンだって知ってるはずだ。彼の傍にいたいから、銃を取ったんだってことも。

言葉を紡げば紡ぐほど、色んな記憶が蘇ってくる。でもそんなことはどうでもいいんだ。

 

 

 

「お願いします、答えてください。ツナさんは今―――」

 

 

 

少年は黙り込んだ。沸き起こる様々な思いを胸に。

笑っているかというその問いは、言葉通りの意味ではないのは明白だ。

 

 

(無理をしていないかどうか。・・・傷ついていないか、どうか)

 

 

ここで嘘でも肯定したなら、彼女はまず間違いなくこの部屋に留まり続けるだろう。

異変に気付きながら――それでも、綱吉の望んだように。

 

 

それはあまりに酷い話ではないのか。彼女にただ、犠牲を求めて・・・・それで何が生まれる?

 

 

 

迷った時間は、そう長くはなかった。

 

 

 

 

「――――始終しかめっ面だな。溜息ばっかで毎日煩くてしょうがねえ」

「・・・・リボーン、ちゃん・・・・」

「締め上げても聞かねぇし。こっちまで暗くなる」

 

 

 

ハルはその言葉に、一度だけ目を閉じた。ツナさんは笑わない。きっと、この部屋が出来たときから。

そして今まで見てきたであろう彼のそれは、きっと本物なんかじゃ、ない。

 

 

(だったら、この場所に意味はありません)

 

 

聞きたかった答えを与えられて、微かに息をつく。ならば、ハルが取るべき道はひとつしかない。

 

死ぬかもしれない状況の中で、戻りたいと思った。あの日々に戻りたいと、思った。

でもそれは―――こんな歪なものではなかった。それはツナだって十分に理解しているはず。

 

 

 

「ありがとうございます。これでやっと決心がつきました」

「決心・・・?おいハル、これからどうする気だ?」

「いえ。もう決めてるんで大丈夫ですよ!」

 

 

 

それには色んな人達の協力が必要だけれども。それでも、あの日の恐怖に比べたら何てことない。

皆・・・・そう、誰だったって、こんな状態を続けていいなんて思ってない。だって全員ツナのことが好きなんだから。

 

ではまず手始めにこの少年から、と狙いを定めてハルはにっこりと笑い、リボーンにつかつかと近づいていく。

 

 

 

「な、何だ。おい待て顔が近」

「嫌です。絶対待ちません」

 

「・・・・・・・っハル!」

 

 

 

微妙に身構えられた気がしたが構わない。ずっとずっと気になっていたことがあるから。

 

揺らぐ彼の瞳をまっすぐ見据えて、ハルは静かに問い掛けた。

 

 

 

「―――“私”は、間違っていましたか」