―――誰の為でもない。
他ならぬ自分の為に、私は引き金をひいたのだから。
青に、溶ける
皮肉にも男に踏みつけられた激痛で、ハルは少し冷静さを取り戻した。
じくじくと痛む左肩からは血が流れ出ている。一刻も早く止血をしなければ、とぼんやり思った。
リーダー格らしき人物の再三の注意によって無粋な足は退けられ、もうハルを傷付けることはない。
痛みに耐える訓練でもしているのだろうか、左手を撃ち抜かれた男は既に余裕を取り戻していた。
近くの壁に寄り掛かってハルを観察している。他の二人も同じく・・・・だが、少し警戒はしているようだった。
そして痛みに喘いだまま―――倒れ伏している、自分。
「とんだじゃじゃ馬だな。ボンゴレも苦労してんじゃねーの?」
「馬鹿な事言ってないで適当に手当てでもしてやれ。死なれちゃマズイ」
「へいへい、っと」
彼等の間違いを訂正するつもりはないけれど。
(・・・・『京子ちゃん』は、じゃじゃ馬なんかじゃ、ないです)
ハルはだるい身体を叱咤して、面倒臭そうに腰を上げこちらに近づいてくる小柄な男をきっ、と睨みつける。
「止血してやるんだから大人しくしてろよ。また怖いお兄さんに踏まれるぞ――?」
「・・・・・・・・ す・・・」
「ぁあ?何って?」
「い・・・いや、です。さわ、触らな・・・いで・・・くださ、い」
毅然と言い放ってやろうと思っていたのに、実際出たのは掠れて震えて・・・・今にも泣きそうな、情けない声。
でも手当てだろうと何だろうと、この人達の言いなりになるのが嫌だった。触られたくもなかった。
生理的な嫌悪そのままに、ハルは拒否の言葉を紡ぐ。
―――こういう状況下では相手に反抗してはいけないと、頭では分かっていたのに。
「・・・・・アンタさあ、馬鹿って言われたことない?」
ぱしん、と乾いた音がした。次いでじんわりと口の中に鉄の味が広がる。
頬を叩かれたんだ、と直ぐに分かった。グーでなかっただけまだまし、なんてずれた考えが浮かぶ。
「あーもう、どういう教育してんのかなボンゴレって。これ素人?」
「ボンゴレ十代目は随分な甘ちゃんらしいからな。そういうこともあるんじゃないか」
「はは、良い趣味してるねぇ」
ハルが硬直したのをいいことに、男は乱暴な手付きで左肩の傷を薄汚れた布で締め上げる。
その間も彼らは下卑た笑みを浮かべつつ、その口から侮辱の言葉を吐き続けた。
ボンゴレを、ひいては“沢田綱吉”を貶める、言葉を。
――――頭の中で、何かが弾けた音がした。
「・・・・・言われて、ますよ。毎日毎日・・・・アホ女、馬鹿女って・・・・・」
口煩い青年。会えばいつも喧嘩ばかりしていたような気がする。そう、別に今だって大して変わらない。
羨ましくなかった、と言えば嘘になる。ボスの近くで、ずっと傍に居て、右腕として彼を守っているから。
「でもそれは・・・・獄寺、さんだから・・・・そりゃ許してるってわけじゃ、ないですけど」
盲目的な言葉も沢山あったけれど、彼の言葉はいちいち正しくて。本当に痛いところを突いてきて。
その掛け合いをどこか楽しんでいる自分が居たことも――――ハルの中では、動かしようもない事実だった。
(だから、・・・・・・嫌いじゃ、ないんです)
「なに先刻から。血流れすぎて頭おかしくなった?」
銃は痛みに手放してしまったけれど、この人のお陰でまだ護身用の武器があったって思い出せた。
ハルは痛みを堪えながら口の端を上げ。そして、血塗れの左手で腰の辺りに隠していた『ソレ』をしっかりと握った。
「―――そんなの、あなたに言われることじゃないって言ってるんですよ!」
叫ぶか早いかソレを男の顔面に向かって投げつけてやる。人間死ぬ気になればやっぱりなんだって出来るんだ。
まさか撃たれた方の手を使うとは思ってなかったらしく、小柄な男はぽかんとした表情のままソレにぶつかった。
そして―――
ぼわん、と間の抜けた音と共に紫色の爆発が起こった。
「な、なん・・・・」
「大丈夫かっ!?」
(ビアンキさん特製の、スペシャルにデンジャラスなクッキーです!)
この至近距離でなら多分気絶してくれるだろうという確信をもって、ハルは比較的軽症な右手を伸ばす。
先程手放した銃へ。唯一、ここを切り抜けることが出来る武器へ。
煙で視界が遮られている中、指先が金属の感触を覚えた。迷わずそれ引っ掴んで―――構えて。
撃つ。
強い意志を以って。
自分の命を守る為に。これは誰かの為じゃない、ハル自身の為の戦いだ。
(私が――――生きたい、から)
その為に引き金をひこう。例え他の命を奪う事になっても、それでもどうしても生きたい。そして、逢いたい。
どちらか、なんて天秤にかけるまでもない。自分の望みは分かり切っていた。
生に縋りつくその姿が醜くても。この手を真っ赤な血で染めて、まともな人間じゃないと蔑まれても。
―――愚かだと、誰かに嗤われたとしても。