これ以上傷つかないようにと、この部屋を用意してくれたのなら。
ツナだけでなく他の人間もそれを――是、としていたのなら。
(なんだか、理不尽じゃありませんか?)
青に、溶ける
逃げられないようがっしりとリボーンの両肩を掴んで、もう一度繰り返す。
あの日、誘拐されたあの日に銃を取ってやらかしたこと。それがこの部屋に入れられた理由なら。
「私がしたことは、間違いだったんですか?」
「ハル、いいから待て落ち着け目が据わってるぞ」
「リボーンちゃんが落ち着いて下さい。どうしてそんなに焦ってるんです?」
「・・・っ、だから顔が近い!」
そのあまりの嫌がりように、失礼ですねえ、と呟いてからハルは少し身体を離した。勿論手は離さない。
少年は軽く引き攣った顔でこちらを見ている。ちょっと強引に迫りすぎただろうか。
「そもそも何の話だ。ちゃんと前提を言ってから話せ」
「この間の事件のことですよ。私が京子ちゃんと間違えられた」
「・・・・・・・・・・・っ」
もうここにいる必要はない。そう背中を押してもらってから、身体も気分もすっと軽くなった気がしていた。
だったら一刻も早くここを出たいという強い思いが頭を支配する。
どうしてだろう、少し前まではずっとここにいても構わない――――そんなことを思っていたのに。
枷を壊したのはこの少年か。それとも自分か。
「お前やっぱり記憶が、」
「さっぱりぽんだって言ったじゃないですか」
「だが今―――」
「それしか!」
体の奥から湧き上がる強い衝動。そうだ、ここは牢獄じゃないか。部屋の形をしているだけで。
苦しみも悲しみもない世界?そんなものあるはずない。あってはならない。
「それくらいしか思い出せないんです!でもだから何だっていうんですか!!」
そんな自分を見て、彼が救われるなら構わないと思った。多少の不便くらい我慢してみせる。
でもそうじゃない。このままじゃ決して救われない。だったら・・・・・・ああもうこんな場所、一秒だって居たくない!
「私はツナさんの傍にいたいんだって、何度も言ってます!誰かを殺してでもあの日常に戻りたかった!」
「―――ハル、」
「それは間違ってたって言うんですか、リボーンちゃん。私は、いけないことをしたんですか?
だからこの部屋に連れてこられたんですか。だから全部忘れてしまっ――」
「違う!アイツはただ、お前を守るために、お前をこれ以上傷つけないように・・・!」
リボーンは、それがハルの意思を無視した身勝手な行為なのだと知っているのだろう。
最後まで言い切ることはせず、言葉を濁した。そう、そんなことは分かっている―――ただハルが弱いから。
皆のように戦うことが出来ないから、だからツナはこの部屋を用意したのだ。
分かっている―――分かっている。分かってる。だけど、絶対に納得出来ない。出来るはずが、ない。
「・・・・・・私は、守られたくて、ここにいるんじゃありません」
「・・・・・・・・・・・」
「弱いなりに、努力はしてきたつもりです。まだまだ足りないと思いますけど」
情報部主任になるまでの道のりは、到底楽なものではなかった。でも、目的があったから耐えてこれた。
やっと手に入れたその場所を奪うのというのなら、・・・たとえ彼でも、許さない。
「あ・・・」
そこまで思って、ハルははっとして口元を押さえた。情報部。そう、情報部だ。
自分が所属していた部署。のぼりつめて、数年かけてやっと辿り着いた主任という立場。
(それが、私――)
そのまま後ろに数歩下がる。どうしてこんな大事なことを忘れることが出来たのだろう。
あれから二週間以上、情報部の皆はどうしているのか。主任がいない状態?それとも、もう他の誰かが?
外の状況が知りたいと強く願った。今すぐ外に出てどうなっているのかを確認したかった。
(でもツナさんを説得できなければきっと、すぐまた戻されてしまう)
彼に懇願されれば断りきれないだろう自分の姿も、目に浮かぶ。一刻も早く、何とかしなければ。
「リボーンちゃん」
「・・・・・どうした?」
「私がここから出たいって言ったら、どうしますか」
「っ、それ、は――」
「この状況が良くないとは、思ってますよね?ツナさんの為にも」
「・・・・・・・・!」
記憶がいくら戻っても、やろうと決心したことは変わらない。己の望みはいつだってただひとつ。
まずはこの部屋を出る。そして、何とかしてツナの目を覚まさせること。
「だから―――協力、してくれますよね」
彼にあの大空のような笑顔が戻るように。