自分の持てる全ての力を使って真正面からぶつかってみたい。
それでも変わらなかったなら、それでも変えられなかったなら――――
青に、溶ける
睨み合うこと、数分。ハルは一瞬たりともリボーンの目から視線を逸らさなかった。
ここで引いたら負けだと思った。何だかんだ言っても、彼はこの状況を受け入れた側の人間なのだから。
やがて彼が深い深いため息を吐いて。根負けしたように両手を挙げて。
「・・・・・・・・・・・仕方ねぇな」
「あ、じゃあ・・・っ」
微かな苦笑と共に紡がれた肯定の言葉に、ハルは漸く安堵して全身の力を抜いた。
・・・抜きすぎて、そのままぺたりと床に座り込んでしまう。慌てたような少年の声が耳に心地よかった。
(私は、怒っていいんですよね?)
差し伸べられる手を取って立ち上がりつつ、思う。構いませんよね?その権利を主張しても。
自分は弱い―――それでも、本当に努力はしてきた。弱いことに甘えて、庇護を求めたことなんて、ない。
だからこそ雲雀も骸も、はたまた獄寺も、ボンゴレに留まることを許してくれたのではなかったか。
だからこそ皆、ボスの弱点になると知りながらも、傍にいることを認めてくれたのではなかったか。
(私は、怒ってもいいんですよね)
自分はもう覚悟を決めているのに。国を捨てて親を捨てて、何もかも手放してついて行くと決めたのに。
ハルは再びテーブルについて少年と向かい合う。状況を正確に理解することがまず重要で。
知りたいことは沢山あった。外のこと、情報部のこと、記憶のこと、・・・・例の誘拐犯のこと。
彼がまず言及したのは、ハル自身の状態についてだった。なくした記憶と明らかに妙な思考。
それは六道骸の幻術が―――全てを覆い隠していた為に起こったこと。痛みも悲しみも苦しみも全て。
「そういう、こと・・・だったんですか・・・」
「骸は責めないでやれ。一応『命令』でやったことだからな」
「責めたりなんかしません!でも・・・そんなことが、出来るんですね。驚きました」
だから痛くはなかったんだ、と長い袖に隠された掌の傷を思う。撃たれた肩の傷を思う。
今までの夢のような世界も露と消える幻。その隙間から漏れた現実が、夢となって現れた。
でも責める気はない。ボスの命令だったからとか、そんなことは全然関係なくて。
(本当に・・・・いい夢、だったから。確かに私は、泣きたくなるくらい幸せだったから)
幻でも。夢として、思い出として覚えておくことは出来る。それは一生、消えない。
「で、俺は何をすればいいんだ?言っておくが、ツナを説得するのは無理だぞ」
「いえ、それは私の役目です!こういうのは当事者同士がやらなきゃいけませんし。
それでリボーンちゃんには、連絡係になって貰いたいんですけど」
「連絡係?」
「今の私は、ツナさんとしか連絡が取れないので。皆さんを呼んできて欲しいんです!」
この状況を受け入れたまま変えようとしない彼らを説得して、こちら側に引き入れること。
一人では何も出来ない。『沢田綱吉』を説得することが出来ない。でも力を合わせれば何とかなるかもしれない。
「なるほどな、・・・わかった。なら最初に骸を呼ぶか?まずちゃんと術を解いて――」
「―――いえ。それは最後でいいんです」
「・・・・・ハル?」
「それは、最後の最後でいいんです。ツナさんを説得できた、その後で」
自分が弱いことは変わらないし、どんなに気をつけたところで、これからも同じことが起きないとも限らない。
今から一人一人を説得して仲間にして、その全員の力を借りて彼を説得する―――
そこまでやっても、彼の考えが変わらなかったなら。どうしても、どんなにやっても、変えられなかったなら。
(その時は―――ツナさん、私はあなたを――――)
ハルは軽く頭を振ってその考えを追い出し、ガッツポーズでリボーンに叫んだ。
「ですからリボーンちゃん!手始めにまず、了平さんからお願いしますっ!!」
「?おい、何で了平なんだ?」
「はひ!師匠になってもらおうと思いまして!」
「師匠・・・?」
話し合いは随分と長く続いた。久々の再会に遠慮したのか、夕方に来るはずのボスは終に来なかった。
勿論それが二人にとって好都合であったのは否定できない。今彼を目にしてしまえば、詰ってしまいそうだった。
そしてここで重要なのは―――ツナが異変に気づく前に全てを終わらせる必要があること。
その為にも接触はなるべく控えなければならず、足止めをリボーンにお願いすることで何とか事なきを得そうだ。
(待っててくださいね、ツナさん。私はもう決めましたから)
決戦は数日後に迫る。今までと違って、ゆっくりしている暇もない。
ただあの日常に帰りたい、その一心で銃を取ったこと。結果、殺めてしまったこと。傷つけてしまったこと。
辛かった。悲しかった。受けた傷は痛かった。罪を犯した両手はとても忌まわしいものに変わってしまった。
「だからって夢にしたいわけでも、忘れたいわけでもないんですよ―――」
彼の隣に立つこと。背中をあわせて戦うこと。
きっとそれは出来ない。だからせめて傍にいたかった。夢じゃなく、現実の世界で。
誰かに作られた箱庭の世界なんて、壊してしまえばいい。
ニセモノなんて、いらない。