どちらに転んだとしても、やっておきたいことがあった。
青に、溶ける
「お忙しいところ本当にすみません・・・了平さん」
「む、気にするな。それよりいいのか―――京子はいないんだが」
「いいえ!今日は折り入って、了平さんに頼みがあったんです」
「頼み?」
まず一人目は、笹川了平。
普段は外国にいることが多く、特に日本には妹である京子の様子を見にか長く滞在している。
ボクシング馬鹿なので今回のことをどう思っているのかは、甚だ疑問ではあるが・・・・
格闘技のエキスパートに、教えてもらいたいことがある。
彼の目を覚まさせる為に?―――違う。ただ、自分がそうしたいだけ。
「はい。あの、師匠って呼んでもいいですか」
「・・・・・・・・・ん、何の話だ?」
リボーンにしたように、右手で力強くガッツポーズを作って。目に精一杯の力を込めて。
不思議そうにこちらを見る青年に全開の笑顔で笑いかける。・・・・・まぎれもない怒りと共に。
額に青筋が浮かんでいるだろうことが何故だかわかった。そう、ハルは心の底から、キレていたのだ。
次の瞬間、何事かを悟った彼は見事に青褪め―――詳しい理由を聞くこともなく、壊れた人形のようにがくがくと頷く。
「わ、わかった。今俺は極限に理解した!だだだだから頼む、」
「ちゃんと教えてくれたら、許してあげますからね!」
「―――よ、よし!極限任せろっ!」
何のことだか分かっているのかいないのか。分かっていると信じたい。
任せろ、とそう言った了平はなんだか涙目だったような気がしたけれど。そんなことは構わなかった。
(とにかく私には、もう時間がないんです・・・・)
彼がこの部屋を訪れたなら、終わりだ。
「・・・・・なぁ、リボーン・・・」
イタリア随一のマフィア、ボンゴレ・ファミリーのボスとは思えないほど情けない声が部屋に響く。
リボーンはため息の代わりに短銃をその声の主に向けた。先刻から何度目だ、と思いながら。
「黙れ。自業自得だ」
「だからってさ・・・昨日も行けなかったのに、」
「女に会わなきゃ仕事も出来ないのか?随分とへたれたボスだな。・・・つーかぶっちゃけキモいぞ」
「キモ?!」
「―――喋る暇があるなら仕事しろ」
米神に銃口を押し当てつつ低い声で脅してやる。ひぃ、と悲鳴を零して青年は再び書類に目を落とした。
昨日こいつがハルの部屋に来なかったのは気を使ったからではないと、今日になって知った時は驚いたものだ。
つまり、彼女の所に通うために溜めていた仕事が、一気に押し寄せてきたのだという。
(・・・んなもん馬鹿馬鹿しすぎて、笑う気にもならん)
わざわざ理由を作って足止めするまでもなく、自分で自分の首を絞めていれば世話はない。
こっちは他の連中と連絡を取りあう傍らで―――お目付け役の仕事をただ果たせばいいだけになった。
「なあ、リボーン」
「っ、お前まだ喋って・・・」
「ハル―――元気だった?」
「・・・・・・・・・・・・」
綱吉は手に持った万年筆を意味もなく回している。どこか拗ねたような表情。
あんな昏い表情をするくらいなら、まだマシだと思っていた。それでコイツが少しでも救われるなら。
『この状況が良くないとは、思ってますよね?ツナさんの為にも』
どう思おうと自分は結局ボスに従うことを選んだのだ。彼女がそう決めたなら、今度は協力してやりたい。
今頃了平と何の話をしているのだろう。微妙に嫌な予感がするのは気のせいだろうか――――
「ちょ、何でそこで黙るんだよ!」
「・・・・仕事も真面目に出来ない奴には教えてやらねぇぞ」
「酷!つか酷!!お前それイジメだろ?!」
「だから仕事しろっつってんだろうが!さっさとしやがれこのダメツナ!」
ハルが、あのまま外に出て。何も知らないツナの前に現れたその時に。
一体コイツはどんな顔をするのだろう。一体どんな言葉を、掛けるのだろう。
罵るのか。怒るのか。悲しむのか。・・・・それとも、泣く、のか?なんにしろ、その権利はないだろうが。
(もし、・・・・力ずくでハルをあの部屋に戻そうとするなら)
何も気付こうとしないまま、ただ歪な世界を望むなら。力だけで全てを解決しようとするのなら。
「俺ボスなのにさ・・・この扱いはないよな・・・」
「ほう、一発食らいたんだな?」
「ゴメンナサイ!」
――――お前の我儘には、もう付き合ってやれないかもしれない。