彼の傍にいられれば、幸せだと思った。

だからこそどうしても必要なもの以外切り捨ててきた。血の繋がった大切な存在さえも。

 

傍にいたいと思った。この先の人生、出来る限り彼の近くで生きていたいと思っていた。

 

 

 

私は―――こんな歪な関係を、望んだわけじゃ、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとりひとりこの部屋に呼んで来て貰っているけれど、骸と会う気にはなれなかった。

彼がこの事態をどう見ているのか分からない上、折角“気付いた”チャンスを潰したくはない。

 

ボスの命令でそうしたのなら、緩んだそれを絶対に見逃しはしないだろうから。

 

そして、全てを思い出したいという自分を抑え込める自信もなかった。

己の中に空白の時間がある。その事実は、思った以上にハルの焦りを生んでいた。

 

 

(でもこれは・・・保険、なんです・・・)

 

 

そう何度も言い聞かせながら、今日来るはずの青年をじっと待つ。

今にも此処から飛び出していきそうな体。早く早くと急かす心。時間がないと、頭の中で声がする。

 

 

―――雲雀は、ちゃんとこの部屋を出るための鍵を残していってくれた。

 

 

『Agapanthus』 ・・・可愛い花、愛の花という意味の言葉だったと思う。ハルの好きな花のひとつだ。

だから本当はいつでもこの部屋を出ることが出来る。それをしないのは、まだカードが足りないと思う故のこと。

 

 

 

この世界に飛び込む前に、“沢田綱吉”からもらったもの。・・・ついこの間まで、身につけていたもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、ハル。呼んだか?」

「こんにちは、山本さん!・・・あの、呼んでおいてなんですけど、仕事は大丈夫なんですか?」

「ああ、そいつは気にしなくていーぜ。獄寺に押し付け・・いやいや、任せてきたからよ」

「だったら良いんですけど・・・。あ、今お茶淹れますね。こっちに座ってください!」

 

 

 

普段は爽やかな笑顔を振りまいて周りを明るくしてくれる青年は、今日は珍しく困惑した笑顔でハルを見る。

それはそうだろう、いつもこちらから誰かを呼ぶことなど無いに等しく、ただただ訪れてくれるのを待つばかりだった。

 

おまけに今まで呼びつけた仲間達にはきちんと口止めをしているから、動きを悟られることもない。

 

 

山本に背を向けて紅茶を淹れながら―――ハルはそっと、気合を入れなおした。

 

 

 

「はい、お待たせしました!」

「サンキュな。・・・ところでさ、ハル。あの馬鹿でかい紙袋は何なんだ?」

 

 

 

台所からリビングに戻ると、彼はある一点を見つめながら口を開く。その視線の先にはソファに置かれた紙袋。

きっちりと封をされていてここから中身を伺うことは出来ない。しかし明らかにそれは異質だった。

 

この閉ざされた場所にはそぐわないもの。決して存在してはならないもの。

 

 

山本がいち早くその違和感を嗅ぎ取ったのか、酷く鋭い指摘が飛ぶ。

 

 

 

「今朝クロームちゃんが届けてくれたんですよ。中身は服なんですけど」

「服?」

「ええそうです。ちょっと欲しくなったものがあって―――」

 

 

 

スーツ一式と、少し踵のある黒い靴。着慣れた、見覚えのあるそれを見てハルは思わず破顔したものである。

山本を警戒させないために腕は通さなかった。一刻も早くそれを着て、外に出なければならないけれど。

 

後ひとつ、用意する必要がある。

 

 

 

「・・・・それでですね、山本さん。折り入ってお願いがあるんですけど」

「お?お、おう。俺に出来ることなら何でも―――」

「何でも?」

 

 

「任せとけ。・・・ってまあ、ツナが許す」 ことならな。

 

「―――山本さん!」

 

 

 

ハルは最後まで言わせなかった。言い切る前に、彼の手を両手でがっしりと掴んだ。

“ツナが許す”?それは有り得ない。この部屋を作った張本人である彼が、許すはずなんてない。

 

 

 

「のわ?!ちょ、ハル、お前どうし」

 

「ツナさんのことだから、きっと手元に置いてると思うんですよね。だってツナさんがわざわざ選んでくれたもの

ですし。勘ですけど多分執務机とかに入ってる気がします。ええと・・・・そうですね、二段目あたりに」

 

 

 

10年、見てきた。ずっと彼だけを見てきた。彼の癖も行動も、大体把握している自信はある。

一段目は仕事に必要なものを。二段目には私物を。三段目には何故かお菓子を入れているはず。

 

 

(私が怪我したことを、気にしてると思うから。だから)

 

 

 

「そこまで近づいてもおかしくないのは、獄寺さんか山本さんかリボーンちゃんくらいです。でも獄寺さんはまだ

説得できてないですし、リボーンちゃんにはツナさんのことをお願いしてますから―――」

 

 

「いやだから待てってハル!何言ってんだか全然わかんねーぞ!?」

「わかりませんか、これっぽっちも」

 

「っ・・・・・!」

 

「わからないんですか?」

 

 

 

笑顔を消して。両手に強い力を込めて。意識的に感情を込めずに、静かに静かに問いかけた。

心当たりがあるのだろう、山本は言葉に詰まって黙り込む。それこそが答え。それこそが、正解。

 

 

 

「分からないわけ、ないですよね。だって山本さん、ツナさんの親友じゃないですか」

「―――ハル、お前、まさか・・・」

 

「山本さんに、お願いします。・・・銃を、取ってきてもらえますか」

 

 

 

戦うための武器を。

 

あの日ツナに差し出され、自ら手に取った、人を殺すためだけに作られた道具を。