銃を撃てる人間であること。人を殺せる人間であること。

 

その事実だけは―――何があっても、忘れないでいよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつまでも手に馴染まなかった黒い銃。その重さに何度も投げ捨てようと思ったことがある。

思い止まれたのはそれがツナから与えられたものであるというその記憶と、彼の言葉。

 

 

『これはハルを守ってくれるものだから。・・・・いざというときは、使って』

 

 

そうして使った今となっては、その言葉が痛いほどの優しさに包まれたものだと分かる。

 

だって、銃を使うのは他ならぬ自分であり、自らを守るのはやはり銃を使う“自分”なのだから。

誰かを傷つけること、それこそが生きる道に繋がるのだと、漸く分かったから。

 

 

 

弾のない銃は、引き金を引けない銃は、最早金属の塊でしかない――――

 

 

 

「引き受けてくれますよね。山本さん」

「・・・・・・・・ハル・・・」

 

「この状況に少しでも疑問を感じるなら、協力してください!」

 

「っ、それは―――」

 

 

 

叩き付けるように、叫ぶ。揺れ動く青年の心に届くように。

 

彼はツナを思うが故に、この状況を受け入れた。ならば彼を思うが故に、この状況がいけないことも分かっているはず。

獄寺と山本。この二人はあの人に近すぎて―――少し盲目になっているところがあるから。

 

それはきっと、自分にも言えたことなんだろうけれど。でも今は、分かって欲しい。

 

 

 

「・・・この部屋、出るつもりなのか」

「その準備はあらかた終わってます。リボーンちゃんも雲雀さんも、協力してくれてますし」

「骸の、」

「さっぱり解けてませんよ?それでもこの部屋が異常なことくらい分かります」

「・・・・・・・・俺は・・・・」

 

 

 

山本の思考を遮って何度も畳み掛ける。頭がいいから、考えを纏める時間を与えないことが重要。

その瞳には迷いの色がありありと見て取れた。・・・・どちらが正しいかなんて分かりきったこと。

 

でもそんなの誰だって分かっている。それでもツナの為なら、と目を瞑ったのだ。

 

 

彼らの中でツナとハルは同列に並ぶことは出来ない。彼は別格なんだから。そう勿論、ハルの中でも。

 

 

 

「別にツナさんの味方をやめて、こっちについて下さいって言ってる訳じゃないですよ」

「・・・・・どういう意味だ?」

 

「山本さんも獄寺さんも、ツナさんの味方でいいんです。ただツナさんに預けてた私物を取ってきて欲しい、って

言ってるだけじゃないですか。あれは本当に大切なものなので、手元にないと不安になるんですよ」

 

 

 

詭弁だ。詭弁でしかない。山本にとって、それをこちらに渡すことそのものが裏切りになるかもしれないから。

ただ少しの間だけそれに気付かない振りをしてくれれば、いい。ほんの一日、・・・・数時間だけでも。

 

 

“この部屋の存在に少しでも疑問を感じているのなら。彼の為にならないと、少しでも思うのなら。”

 

 

 

「それを、・・・銃を取ってきて、それでどうする?出るだけなら必要ないよな」

「何言ってるんですか、山本さん」

「な、何って」

 

 

 

山本も、・・・皆も、武器を渡したツナでさえ、何も分かっていない。

多分本当に理解してくれているのは、その使い方を教えてくれたリボーンだけなのかも。

 

戦えない自分がイタリアで暮らすために決めた、ツナの傍にいたい一心で決めた、―――その覚悟を。

 

 

 

「ツナさんは『自分の身を守れるように』・・・そう言って銃をくれました。だから私はその為だけに使います」

 

 

 

青年が心配していることは、彼の切羽詰った表情を見ればすぐに納得した。

皆が受け入れたこの部屋に絶望を抱いて。ツナの足手まといになった自分に失望して。

 

 

銃を取り戻した暁には――――――その銃口を己に向けるのではないか、と。

 

 

(馬鹿馬鹿しくて、笑っちゃいますよね)

 

 

ハルは誰に向けてでもなく、口の中だけでこっそりと呟いた。

足手まといになるのは、嫌。迷惑をかけるのは、嫌。でもこれ以上箱庭の世界で暮らすのは、嫌。

 

 

だからといって、この世で最もツナを悲しませてしまようなことをする、とでも?

 

 

 

「―――それ以上私を、侮辱しないでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

正当防衛などと言って、罪から逃れるつもりはない。

ハルはハルのわがままで銃を手に取り、そしてその引き金をひいた。

 

それは誰の為でもなく、自分の為だ。・・・・伴う責任の全ては、ハル自身のものである。

 

 

 

「さっきは、悪かった。ごめんな」

「山本さん・・・・」

 

 

 

あの後、山本が沈黙を保ったまま部屋を出て行ってから数十分経って、再び彼は戻ってきた。

謝罪の言葉と共に、白い布に包まれた重い何かを渡される。それが求めたものであることは触らずとも分かった。

 

 

 

「ハルに死なれたら、今度こそツナが壊れちまう気がしてさ。焦ってた」

「・・・・・・はひ。ありがとうございます」

 

「俺の立場から言えたことじゃねーけど。―――頑張れよ」

 

「――――――」

 

 

 

頑張れ。その一言に泣きそうになる。でもこれを取ってきてくれただけで十分だった。

 

これで戦える。たとえ負けたとしても、もうこの部屋を壊すことだけは出来る。

 

 

 

「で、他に何かあるか?この際だから引き受けるぜ」

 

「・・・それじゃあ、その。最後にひとつだけ・・・」

 

 

 

銃の重みが、今は愛おしかった。