指は震えなかった。声も。体も。

 

それなのに――――どうして、こんなに心が揺さぶられるのだろう。

 

 

 

 

 

銃を突き付ける行為そのものに意味はない。そんなもので言うことを聞かせられる人間ではないと知っている。

ただこれは、ハルの覚悟そのものだった。どんな言葉よりも雄弁にそれを語るから。だから。

 

 

 

「・・・・っ、てめぇ、何をふざけた、」

「ふざけてません。本気です」

「ば・・・!馬鹿言ってんじゃねぇ!自分が何してるか分かってんのか?!」

 

「―――獄寺さんこそ、自分の状況分かってるんですか?」

 

 

 

冷静に放った言葉と共にわざとらしく銃を鳴らすと、獄寺はぐっと言葉に詰まって黙り込む。

流石の彼でも突然の事に反応しきれないでいるようだった。もしくは、行動するのを迷っているのか。

 

彼は強い。たとえこちらに有利な立ち位置だったとしても、本気で抵抗されればハルになす術はない。

それでも他に何が出来ただろう。物は溢れているのに一番欲しいものがないこの部屋で。

 

いつ壊れてもおかしくなかった箱庭の世界で。

 

 

 

「あのですね! ひとつ、お願いしたいことがあるんです―――」

 

 

 

撃鉄を起こす。ゆっくりと。あくまでも本気なのだと、分からせる為に。

仕事の邪魔をしたくはなかった。誰かの足を引っ張るのはもう嫌だった。私にそんな権利はない。

 

 

(だとしても、全てを無条件で受け入れる義務も、ない筈ですから)

 

 

イタリアに来たことがそもそも間違っていただなんて、認めるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調子が狂う。

この状況の意味が分からない。

 

部屋に入った途端、出せもしない拙い殺気と共に押し付けられた拳銃。

多分振り払うのは簡単なことだった。恐ろしくもない。・・・なのに何故か、体は凍りついたままで。

 

 

『――――動かないでください』

 

 

それは不気味なほどに静かな声だった。普段の明るさもなければ、何かしらの感情すら窺えない。

どういうつもりだと問い質した言葉は一蹴され、銃口の冷たい感触がこれは現実だと告げている。

 

窓に映った彼女の姿は、かつて見ていたものと同じ。銃はどこで。その服はその靴は。化粧も。

 

 

色んな疑問が頭を巡り、獄寺は思考を纏められずに黙り込んだ。

 

 

 

 

・・・・・そこに降る、声。

 

 

 

「ツナさんの、――いえ、ボスのスケジュールを教えてください」

「・・・・・・・・・・なに、を、」

「本当は自分で調べても良かったんですけど。もう、時間がないみたいですし」

 

 

 

くすりと背後で苦笑する気配がした。ハッキングは得意なんですけどね、と微かな呟き。

一瞬で頭に血が上り、馬鹿なこと言うなと怒鳴りかけた獄寺の目に飛び込んできたのは――――

 

 

両手に拳銃を構えて今にも泣きそうに顔を歪めた、ハルの姿だった。

 

 

 

「――おいコラ。人に銃口向けといて泣くなよ」

「な・・・!し、失礼ですねっ泣いてませんよ!!」

「アホ女。しっかり泣いてんじゃねーか」

 

 

 

窓越しに目が合う。ハルの目の端に光るものが見て取れた。それで余計訳が分からなくなる。

ただ彼女が何か重大な覚悟で以って、こんな行動に出たことだけは理解できるが。

 

 

 

「スケジュール知って、どうする気だよ。自分で聞けばいいだろーが」

「それじゃ意味がありませんよ!ツナさんがここに来ちゃったらおしまいなんですから」

「はあぁ?」

 

 

 

「・・・・・。獄寺さんって変なところで鈍いですよね。びっくりです」

「んだと―?!」

 

 

 

言葉を交わすうちに、お互いの間にあった奇妙な緊張感が薄れていく。大丈夫、いつものアイツだ。

別に何もおかしいことなんて―――そう思ったところで、再び後頭部に押し付けられた金属の塊を意識してしまう。

 

おかしい。いや、おかしくない。・・・・おかしくないと、思いたいだけか。

 

 

 

「大雑把で構いませんから今すぐ教えてください。獄寺さん今、脅されてるんですよ?分かってます?」

「つか、脅してる張本人が言うなよ」

「はひー!十秒以内に言ってくれないと、そのタコヘッドに五百円ハゲ作っちゃいますからね!」

「タコヘッド言うな!」

 

 

 

意図が分からなくて(分かりたくないだけだったのかもしれない)、獄寺は答えることを躊躇った。

しかしそれを見越してか、ハルは言葉を紡ぎ続けて何とか吐かせようとする。

 

 

 

「じゃあ今日ツナさんの空き時間はいつですか!明日の予定はぎっしりですか!」

「おいおい、話がしたいならここに来て貰えば」

 

 

「それじゃ意味がないって何度言わせる気ですか!本気で撃ちますよっ!!」

 

 

「・・・・・・・・・・・っ、!」

 

 

 

凄まじい気迫だった。普段へらへらといつも笑っていたハルの姿はそこにはなくて。

何が彼女をそうさせるのか。・・・・本当は、分かっていたはずで。そうかもしれないと、思っていた。

 

 

(そう、いつかはこんな日が来ると知りながらも、俺は―――)

 

 

 

人は、己の間違いを中々認めることが出来ない生き物だから。