息が切れるまで、走ろう。
疲れたら少し休んで。そしてまた、歩き出せばいい。
青に、溶ける
泣き顔は相変わらずだったが、押し付けられた銃口は少しも動かない。
どうすればいいのか、どうするのが一番なのか。何も考えず十代目に従っていれば良かったあの頃とは違う。
中学時代の自分は余りにも子供だった。彼一人に寄り掛かって、判断を任せることで全てを押し付けた。
支えているつもりで、本当は支えられていた。そんなことに長い間気付けないまま。
だからその意味で言うなら――かなり癪に触るが――コイツの方が、十代目を理解していて。
イタリアでの厳しい生活の中で、少なくともハルの弱さはいつも誰かを救っていた。
「・・・・・・私は、ツナさんが好きです」
ぽつりと独り言のように落とされる言葉。今の状況からすれば酷く場違いなそれ。
(んなもん誰だって知ってるっつーの)
あれだけ所構わず『ツナさん、ツナさん』と騒いでりゃな。
獄寺は口には出さず、心の中でそう呟くにとどめた。多分、応えを求めている訳ではないだろう。
「傍に居たくて、ただ、それだけで―――」
彼女の努力は認める。実際、誰もハルがここまでの地位を手に入れるとは思わなかった。
雲雀も骸も珍しくキモいくらい素直に祝っていたしな。今思い出しても鳥肌が・・・・いや、まあそれは置いといて。
『ハルが攫われて怪我をした』 その知らせを受けたとき、獄寺は強い憤りを覚えた。何よりも自分自身に。
狙われれば容易く命を奪われてしまうという動かしようのない事実と、彼女の存在の大きさを改めて見せ付けられて。
不穏な動きを察せずに危険な目にあわせた挙句、最後の一線さえも越えさせてしまった。
「でも、私は後悔なんてしてません。これからもきっと、後悔することはないと思います」
「・・・・・っ・・・ハル・・・」
まるでこちらの思考を読んだような見事なタイミングだった。思わず体が動いてしまう。
ハルの弱さを散々責めながら、それでも血に染まって欲しくないという矛盾した思い。
強く在ることを強要したくせに、いざその時が訪れると何故だと詰ってしまいたくなる。
ファミリーを、ひいてはボスを守る為には正しい判断だった。そう言って褒めれば、彼女は笑うだろうか。
「往生際が悪いですよ、獄寺さん。
・・・私はただ、ツナさんの仕事に差し支えるようなことをしたくないだけです」
このままだんまりを続ける気なら、大事な会議の最中でも突入しちゃいますからね?!
そんな出来もしないことを口にして。でもそれが彼の何かに響くなら、どんな嘘を吐いたって構わない。
ハルは銃を両手でしっかりと握りなおし、狙いを定めた。
「私が“撃てる”人間だってことは、もう知ってますよね―――」
「・・・・・・・・・・・・っ、・・・・」
付き合いはもう十年近くになる。彼が山本と同じように心揺れていることも分かってる。
手持ちのカードはもうない。ツナを想う気持ちは痛いほど分かるから、これ以上説得の言葉を紡ぐ気にはなれなかった。
(――・・・私は我儘です。欲張りで、強引で、ツナさんが悲しむことも分かっているのに―――)
「え、獄寺さん?」
「・・・るせぇよ」
「はひ!あああの、動かないでくださいって―――」
突然、貝のように口を閉ざしていた獄寺が、銃口の存在を忘れたかのように歩き出した。
そのまま机のところまで行き、ふと屈みこんで何かを・・・して、いる?広い背中に隠れて見えない。
「俺は何も言わねぇ。十代目のスケジュールなんざ軽々しく口にしていいもんじゃねえだろ」
「・・・・っ、それ、は・・・そうですけど、でも!」
「いいか、俺は!何も言わないからな!!」
まるで叩きつけるような叫び。それに思わずびくりと体を震わせると、直ぐに剣呑な光に貫かれた。
怒った、いや、呆れたのか。馬鹿なことをしているという自覚はあったけれど。
射竦められて動けないハルの方へ近づいてくる。彼の、激情を押し殺したその表情に心が痛む。
「それに、・・・んな『ガラクタ』で脅されても怖かねえっつの。このアホ女」
勝手にしやがれ。
獄寺は最後にそう吐き捨てると、脇をすり抜けて音もなく部屋を出て行った。
閉ざされた扉に背を預けて、ずるずると座り込む。全てはこれからだというのに、少し腰が抜けてしまった。
「気付いてたなら、最初からそう言えばいいじゃないですか。・・・獄寺さんの、意地悪」
この銃は、あの日のままの状態で保存されていた。そう、“全弾を撃ち尽くした状態”のままで。
山本は分かっていて渡したのか、そもそも気付いていなかったのか。どちらにしろ使えなかったことに変わりはない。
でも覚悟だけは本物だったと胸を張って言える。だからこそ―――だからこそ、獄寺も。
「・・・ホント、素直じゃないんですから・・・」
机の上には見慣れぬ白い紙が一枚。黒い文字で殴り書きされたその内容は、言うまでもなく。
堪えきれず零した涙が、一粒だけ、静かに床に落ちた。
さよなら、私の夢。
さよなら、いつかの私。
さよなら。