彼女は、そこに立っていた。

 

ただ静かに。

漆黒の空を見上げていた。

 

 

人通りのない道の真ん中で、彼女はただ、立っていた。

 

 

 

 

 

 

ボンゴレ本部から少し離れたとあるビル。その一室に集まった守護者達。

雲雀に説教をかましている獄寺の声が五月蝿く響き、いつもと変わらぬ情景が広がっている。

 

ただ一人、『彼女』がいないことを除けば。

 

 

 

「―――漸く、終わったな」

 

 

 

守護者が集まる定例会議の後、リボーンがそう小さく呟いた。

綱吉はそれに頷きを返しつつ手元の書類を纏める。今日、やっとあの事件に片がついたのだ。

 

 

あの忌まわしい日から数週間。

生き残ったあの二人から情報を引き出して相手ファミリーを特定し、先日襲撃をかけ殲滅した。

 

誰も容赦はしなかった。彼女を傷つけた上、生かしておいたところで何の価値もない連中だったから。

 

 

 

「俺も行ければ良かったんだけどね」

「馬鹿言え。てめーの立場を自覚しろって何度言えば」

「だからってさぁ」

 

 

 

どうしても外せない仕事があったのと、危険すぎるというリボーンの判断によって襲撃には参加出来なかった。

結局任されたのは山のように積み上げられた後処理だけ。ストレスが溜まることこの上ない。

 

だからこそ毎日ハルにお茶を淹れてもらって、癒しの時間を満喫していたというのに―――

 

 

 

「仕事が遅いお前が悪い。以上」

「っ、・・・いいよ別に。もう終わったんだし」

 

 

 

これで諸悪の根源はいなくなったんだ。すぐに帰って、真っ先に彼女に会いに行こう。

リボーンに先を越されたゼリーも気になるけど、何よりもまずあの太陽のような笑顔に会いたかった。

 

あの部屋で―――ずっと笑っていてくれる、ハルに。

 

 

 

「おいお前ら、遊んでないでさっさと帰るぞ」

「あ、はい!俺すぐに車を用意してきます。おい雲雀、帰ったらちゃんと提出しろよな!」

「・・・・・君、しつこいよ」

 

 

 

リボーンの鋭く厳しい声。それを何となしに聞いていると、獄寺が説教を止めいきなり声を張り上げる。

彼はそれから忙しなく両手を動かすと、こちらに向かって一礼して驚くくらいの速さで部屋を出て行ってしまった。

 

綱吉だけでなく他のメンバーも呆然として見送る。言葉は、ない。

 

 

しかしその様子に・・・どこか、違和感を覚えた。今朝会った時とは、何か違う。何か。

 

 

 

「獄寺の奴、トイレか?」

「ふむ、自然が呼んでいるのだな?!」

「君達・・・もう少し上品な会話は出来ないんですか?」

 

 

 

 

ああでも、分かりたくない。分かってはいけない。分かってしまったら、もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エレベーターを待つその時間が嫌で、獄寺は数階分の階段を一気に駆け下りた。

罪悪感にも似た思いが心を支配している。息を整えつつ、近くの壁に凭れてひとつため息を吐いた。

 

あの中で、誰が、どんな風にあいつに協力したのかは分からない。でも一人や二人ではないはず。

それでも『彼女』がもうすぐ『彼』に会いに来るということを知っているのは、獄寺ひとりだった。

 

 

この時間が空いていると、そう知らせたのは他ならぬ自分自身なのだから。

 

 

(・・・・・・・アホ女)

 

 

教えなければ良かった―――とは思わない。また同じ状況になっても自分はきっと教えてしまうだろう。

ただ十代目の顔を、これ以上見ていられなかった。目を合わすことさえ出来なかった。

 

見透かされてしまうのではないか。気付かれてしまうのではないか。そんなことばかりが頭を巡って。

 

 

 

「くそ、・・・んで俺が・・・」

 

 

 

訳の分からない衝動のままに、駐車場に置かれたベンツを思わず足蹴にしてしまう。

どちらが正しいかは分かっている。ただ、彼女にどうして欲しいのかが分からない。

 

あの場所を出て。十代目に会って。それで一体どうするつもりなのか。

説得する?―――出来るのか?あのリボーンでさえも、彼の顔色を見て言葉を止めたというのに。

 

 

その他にも気になることは幾らでもある。

部屋に入った自分に一瞬も迷わず銃を突き付けたハルの姿は、準備万端といった風だった。

それなのに獄寺を呼び出し、わざわざボスのスケジュールを知りたがった理由。

 

 

『・・・私はただ、ツナさんの仕事に差し支えるようなことをしたくないだけです』

 

 

本当に、それだけなのだろうか。浮かべたあの涙は嘘ではありえない。

ほんの少し疲れたような声音ではなかったか。そこに諦めが滲んでいなかったか。

 

 

 

 

「は・・・っ、どうすりゃいいんだよ!」

 

 

 

何も失いたくないという願いは傲慢なのかもしれない。それでも人は願わずにはいられないのだ。

 

獄寺は車に乗り込み、エンジンをかけて――――すっかり暗くなってしまった外を見やる。

 

 

 

 

 

スケジュールが空いていると教えたその時間まで、あと数分。

 

 

この道の先に、今、彼女はいるのだろうか。