どうか、この声が届きますように。
青に、溶ける
ツナを殴る―――ことは、最初から決めていた。
たとえどんな理由があったとしても、彼の選んだ道は決して誉められたものではないから。
その道を選ぶことで、選んだ彼自身も傷ついてしまったことを知ったから。
「少し・・・・真面目な、話をしましょう」
殴った手がじんじんと痛む。そんな些細な痛みにさえ、涙が零れてしまいそうになる。
それでも協力してくれた皆の為にも、ここで立ち止まるつもりはなかった。
獄寺が出て行った後あの部屋から出るまで、暫くかかった。立ち上がるだけなのに酷く気力を消耗した。
メモに書いてあった時間には少し余裕があったけれども、そもそもハルは外の状況を知らない。
指定された場所にさえ、どうやって行くかも決めていないのだ。早く動かなければいけないのは分かっていた。
(・・・・・それでも。先の事を考えると、・・・・怖くて)
結局三十分以上も座り込んだままだった。色々あって、何とか間に合わせることだけは出来たけれど。
ハルは綱吉が完全に立ち上がるのを待って、その目をしっかりと見つめた。
―――その後ろに控えている、仲間達にもまた、聞いて欲しいこと。
「明日、朝一で会議があるんですよね。だからあんまり時間は取らせません」
言いたいことは沢山あった。何故かと問い詰める言葉も、事態を嘆く言葉も、己の弱さを謝罪する言葉も。
ここに来る道中、何度も頭の中で繰り返した。いや、あの部屋を出ると決めたときからずっと。
でもそれは結局ひとつのことに繋がると気付いた。たったひとつの、問い掛けに。
「ねえ、ツナさん。私はあの部屋がどうとか、そんな事を言いに来たんじゃないんです」
「・・・え・・・・?」
「閉じ込められたこととか、―――記憶がないことだって別に、大したことじゃないんですよ」
空っぽだった銃には、ちゃんと弾を込めてきた。いつ襲われても撃てるように。
ビアンキやリボーンに貰った護身用の道具も補充した。またあんな事が起きてもすぐ反撃できるように。
弾が切れたらガラクタになると充分身に沁みてわかったので、小さなナイフも一本失敬してきた。
「ハルお前、骸の・・・」
「いえ、さっぱりぽんです!」
「でも!」
「・・・・そうですね。・・・ほんの少しだけ、・・・少しだけなら」
ハルにとっては重要でなくても彼にとっては違うのか。凄い勢いで詰め寄られては答えるしかなかった。
正直に直前のことしか思い出せていないと言うと、彼は酷く傷ついたような顔をした。
それこそ一番忘れて欲しかったことだから?人を、殺してしまったことを?
(・・・勝手、ですよ。ツナさん・・・)
それはハル自身が背負う痛みであって、彼のものじゃあ、ない。
「ん、で・・・!なんで出てきたんだよ!あの場所にいれば何も」
「夢――みたいでした。夢みたいに、」 幸せだった。
「外は危ないんだ、ハルだってそれは分かってるだろ!」
「私がまだ夢をみていた頃の、理想の世界でした―――」
「ハル!」
「・・・・ツナさん」
全く噛み合わない会話。目はしっかり合っているはずなのに、お互い違うところを見ている。
もともと立つ場所が違っていたのだ。それに気付かず今までずっと過ごしてきたけれど。
近くて、遠い。遠くて、近い。
どうか今から送る言葉が、彼のいるところまで届きますように。彼の心に、届きますように。
「私は、誘拐されました。それは私の力不足だと分かってます」
「・・・・・なに、を」
「でもあの場所から逃げ出そうとした私は、間違っていましたか」
彼らがボンゴレ十代目に連絡を取ると分かっていた。助けに来てくれる。それでも助けを待たなかった。
いくら情報部主任だからといって、ボスを危険に晒していいわけではない。
「逃げ出すために銃を取った私は、間違っていましたか」
他に全く武器が無かった―――とは、言わない。ビアンキのクッキーだって残っていた。
ただ一番確実だと思ったからこそ銃を取った。弱い自分でも相手を無力化させて逃げ出すことが出来ると思って。
「自分が逃げるために誰かを殺した私は、間違っていましたか」
あの日常に帰れるなら、人を殺してもいいと思った。それは普通の人間の思考ではない、鬼畜生のもの。
ここはそういう世界なのだと、銃の使い方を教えてくれた少年は言った。
「私は―――」
ツナは気圧されたように言葉を失ってこちらを見ている。それは他の仲間も同じ。
多くの視線が突き刺さる。彼らのその頑なな心に届くように。
「私は!自分の持てる全ての力を使って!
―――――生き残りました!!
」
ハルは最後の力を振り絞って――――叫ぶように、言葉を叩きつけた。