弱ければ戦う資格すらも与えられないのか。
青に、溶ける
生きること。生き残る、こと。
ハルはそれを大前提にして今まで過ごしてきた。決して彼らの前には死ぬまいという決意と共に。
力を持つ皆は否応なく戦いの日々に巻き込まれていく。それはもう、仕方のないこと。
マフィアである以上死と隣り合わせの人生を歩んでいくしかない。だからこそ一日一日が大切だった。
(主任だし自分も狙われることはあるけれど。―――情報という宝を持っているから簡単には殺されない)
弱い自分でもどうにかして生き残る。とにかくまず殺されないこと。
薄暗い世界で力強く生きている皆の為に。救いになれるように。・・・・負担にならないように。
「私は生き残ったんです!・・・そりゃちょっと怪我しちゃいましたけど、もう大分治りましたし!」
暴れる心のままに溢れ出す言葉たち。誰一人止めようとせず、彼らはただ棒のように突っ立っている。
日本に置いて行かれそうになった時でさえ、ここまで怒りを覚えることはなかった。
あの時は自分の無力さを痛感していたし何より、悲しみのほうが勝っていたからだ。怒る権利もないと知っていた。
でも今は違う。ハルがここに立っているのは、立っていられるのは、努力したからだ。
血を吐くような思いをして、惨めに泣きながらも、持てる力の全てを使って自分で道を切り開いたからだ。
「―――でもそれじゃ、それだけじゃ駄目だったんですか?!」
生きて帰っただけでは駄目だったのか。やはり無傷で帰らなければならなかったのか。
相手から何らかの情報を得ておかなければならなかったのか。三人全てを殺しておかなければならなかったのか。
・・・・・そもそも逃げ出さずあの場所で大人しく助けを待っていなければならなかったのか。
生きている。―――それだけでは、何の価値もないというのか。
「どうなんですか、ツナさん。・・・・・っ答えてください!!」
がつんと、後頭部を殴られた気分だった。
これは一体どういうことだろう。己の意図したこととは別方向にどんどん話が進んでいる。
「な、に・・・言ってるんだよ、ハル・・・・・・」
ハルが生きている。勿論それは嬉しいことだったし、安心もした。・・・怪我をしたと聞いて血の気が引いたけど。
(だから俺は、ちゃんと安全なところにいて欲しくて・・・)
これ以上傷つかないように。楽しいことだけ、幸せなことだけ、感じていてくれればいいと思って。
しかしそれでは駄目なのだとハルは詰め寄ってくる。答えを出せと。選べと。・・・・・・何を?
「っ、またこんな事が起こったら・・・ど、どうするんだよ!今回だってディーノさんが居てくれなかったら――」
「次もちゃんと生き残ります。絶対です!」
「馬鹿言うな!次こそ死ぬかもしれないんだぞ!!」
「ツナさんは私のこと信じてくれないんですか?!」
「そういう問題じゃない!世の中に絶対なんてあるわけないだろ!」
「だったら絶対死ぬとは限りません!矛盾してますよ!!」
「・・・・・・・・・・・っ」
強い光に気圧される。はっきりとした怒りの表情を浮かべて彼女は何度も食い下がった。
普段ならば、こちらが強く出れば(渋々ではあるが)引き下がってくれているはずなのに。
焦りばかりが先に立つ。――駄目だ。ちゃんと説得しなければ。これはハルの為なんだから――
「ハルは・・・ハルは、俺達とは違うんだ。銃を使えるだけじゃ何も・・・っ」
「――――――・・・・・・」
「それだけじゃ何の保障にもならない!!」
ふと。一瞬だけ、沈黙が流れた。その空気の重さに我に返った綱吉は、じっと動かないハルを改めて見やる。
・・・・静かな瞳だった。骸の幻術がかかっているなど、到底思えないほどに。
濃い赤で彩られた唇がそっと開かれる。その光景が何故か、スローモーションのように目に灼きついた。
「私が弱いから、駄目ってことですか」
いつも柔らかで明るい声は、嫌な無機質さを纏って夜の街に響く。
もしかしたらそれは少し、震えていたのかもしれない。
「戦っても勝てないから、・・・・・駄目なんですか」
「・・・・・ハ、ル・・・?」
「どうして―――」 そんなこと、言えるんですか。
ぽつりと呟くように零された言葉。それに秘められた身震いするほどの強い力に、思わず目を見開いたその瞬間――
―――ガッと首を絞められそうな勢いで胸倉を掴まれた。息を呑むほどの近い距離に、彼女が居る。
しかし綱吉はそれに動揺する暇もなく、刃のような鋭さを持つ声に全身を貫かれた。
「どうして・・・っどうして今更、そんなこと言うんですか!十年、そう、十年も経った今になって!!」
世界が、一瞬で凍りついた。
「私がこの中にいる誰よりも!マフィアの人達に比べたって弱いことは・・・最初から分かってたじゃないですか!
なのにどうして今更、そんな・・・・・――――っだったら!!」
言葉を紡げば紡ぐほど、力一杯投げつければ投げつけるほど、それらは鏡に反射したようにハルの元へと返ってきた。
十年努力を重ねる中でずっと押し込めてきたもの。自分で選んだことなのだからと、ずっと否定し続けてきたこと。
自分は、真実、弱い。十年経った今になって、漸く本来の意味で引き金をひけたことがそれを証明している。
だから少しでも補えるよう、ずっとがむしゃらに走り続けてきた。時には邪魔なものを振り落として。
(その時間を彼は、・・・・たった一言で壊そうとしている)
あまりの怒りに目が眩む。自分が何を口走っているのかさえ、自覚のないままに。
「だったら――――だったらどうして、私を連れてきたんですか!」