連れて行って欲しいと、願ったのは私。

出された条件を、迷うことなく呑んだのも、私。

 

 

―――言ってはいけないことだった。・・・・それでも言わずにはいられなくて。

 

 

 

 

 

 

 

彼らと一緒にイタリアへ行く、と決めることは生半可な覚悟で出来るものではなかった。

 

失うものが多すぎたからである。暖かな家族、生まれ育った家、故郷、友人、将来の夢、正しいとされる倫理観、

そして何より――――平和で、穏やかな生活。

 

彼の傍にいたいから、皆と離れたくないから、それらを捨てることを選んだけれど。

 

 

 

綱吉への恋心だけで全てを決めた訳ではない。その頃にはもうそこまで盲目にはなれなかった。

 

 

 

 

 

―――家族は。たとえ戸籍上死亡と表記され事実上縁を切ったとしても、血の繋がりは一生残る。

夢は変えればいい。友人、故郷、家、・・・・恋しいのならばいつまでも忘れなければいいだけのこと。

 

でも彼らは違った。もしあの時手を離したら、絶対に二度とは会えない気がした。

決定的に道が分かたれてしまうと何故か確信していた。失わない為に、一体どれだけのことが出来ただろう?

京子は、了平という強い繋がりがある。クロームはそもそもあちら側の人間だ。力があった。

 

 

自分だけだった。自分だけが何も―――何も持ってはいなかった。

 

 

 

(私は・・・っ縋ることしか、できなかった・・・!)

 

 

 

だから、選んだのに。だから、覚悟を決めたのに。

綱吉も“それでいいよ”と笑ってくれた筈なのに。厳しかった皆も、今では認めてくれた筈なのに。

 

 

 

「今更・・・どうして今更、そうやって突き放すんですか!」

 

 

 

戦えない自分に残されたのは、比較的出来の良い頭だけで。何年もかけて漸く登り詰めて。

その時になってやっと、ここにいてもいいんだと。そう思える理由を手にすることが出来た。

 

・・・・・それを、それすらも、奪おうというのか。

 

死にそうになったからって、そんなこと、マフィアになった当初から分かりきっていたこと。

 

 

ここに来ると決めた以上、いつだって覚悟はしていた。彼らも覚悟しているのだと、思っていた。

 

 

それなのに!

 

 

 

「ずるいです!酷いです!私が――私が今まで、どんな思いで生きてきたか!!」

 

 

知ってるはずでしょう――――?

 

 

 

夜の街に響く、声。自分のものとは思えないほどに、それは遠く遠く現実味がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(確かに、・・・“ずるい”な)

 

 

リボーンはあっけに取られた自身をようやっと取り戻して、心の中で呟いた。

ハルの言葉は、何も綱吉一人に向けられたものではない。こちら側の人間全てに向けられたものだった。

 

ここに留まることを許したくせに、今になって何故―――と。

 

とても痛い言葉だった。綱吉の提案を唯々諾々と受け入れた自分達にとっては。

ふと周囲を見やると、獄寺をはじめ誰もが呆然として二人のやり取りを見守っている。

 

無意識に詰めていた息を吐く。彼女の言っていることは正しく、反論は、出来そうにない。

 

 

 

結局何が悪かったのか。一体どこで間違えたのか。

 

能力があるからといって情報部主任などという重要な職を任せてしまったことか?

自分の身を守れるようにと銃を与え、多少の護身術と共に使い方を教えたことか?

 

 

―――そもそも、十年前、一般人のハルをイタリアに連れてきてしまったことか?

 

 

 

(違うだろう。なあ、ツナ・・・?)

 

 

 

分かっているはずだ、と思う。いや、ここまで言われて分からない方がおかしい。

 

共に来ることを望んだのは彼女で、彼はいくつかの条件をつけてそれを許容した。

あれから十年―――。リボーンは友人としてその生活をずっと見守り続けてきた。だからこそ分かる。

ハルは綱吉の傍に居続けるために並大抵でない努力を重ね、自ら資格を掴み取ったのだ。

 

 

 

『だったらどうして、私を連れてきたんですか!』

 

 

 

・・・・そんな彼女が、この台詞を口にするのにどれだけ勇気がいったことだろう。

 

今まで努力し続けてきた十年全てを否定しかねない言葉。言わせたのは間違いなく自分達だった。

 

 

(いくらお前でも、・・・これ以上は我儘が過ぎるぞ)

 

 

もう、限界だ。綱吉も、ハルも、――他の連中も。

頭の隅にちらりと後悔にも似た思いがよぎる。果たしてこの先どうなってしまうのか。

 

 

 

やはり見守るしか出来ないことに、苛立ちを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

微かな舌打ちを耳にして、はっと我に返った骸は何度か瞬きを繰り返した。

一瞬で意識がクリアになる。周囲には棒立ちになった仲間が並び、正面では相変わらずハルが怒りに震えていた。

 

彼女がいきなりボンゴレを殴ったことにも驚いたが、流石に胸倉を掴んで迫ったときにはひやりとした。

自称ではなく名実共にドン・ボンゴレの右腕となった青年が暴れだすのではないかと思ったからである。

 

だが直後に叫ばれた言葉に思考を奪われそれどころではなくなった。それは、誰も同じだったようで。

 

 

瞳に宿る、強い―――強い、光。

ハルに掛けた術は解けてはいない。それだけは断言できる。しかし―――揺らいでいるのも事実。

 

 

(自力で直前の記憶を取り戻したというのも、驚異ですしね)

 

 

正気であれば逃げられると綱吉が判断したことさえ、まだ甘かったということか。

ただハルが現れた時の獄寺や雲雀の反応を考えると、多少なりとも脱出に協力していた節がある。

あの部屋にはなかったはずの服。扉の電子ロック。そしてこの場所この時間を知っていること。

 

もしかしたら他の者も?・・・そこに自分が含まれなかったのは、術の所為で綱吉寄りだと思われたからか?

 

 

(術を解くよう、真っ先に要請がきてもおかしくはないのですが―――)

 

 

実際そう請われたなら快く解いただろうに。どちらかといえば心情はハルの方へ傾いている。

雲雀まで引き入れられたなら、脅しに使うなり、とにかく何らかのアクションがあっていいようなもの。

 

まさか何か考えがあるのだろうか。・・・・あまり愉快なものではなさそうだけれども。

 

 

 

(・・・見守るしかなさそうですね。今は・・・)

 

 

 

これは二人の問題だった。外野がどうこう言えることでは、ない。