『もし、何も変わらなかったら。』

『もし、何も変えられなかったら。』

 

 

―――あの閉ざされた箱庭の中で、ずっと考えていたことがある。

 

 

 

 

 

痛いほどの静寂の中、ハルは抵抗する素振りさえ見せない綱吉からそっと手を離した。

 

衝動のままに全てをさらけ出して、燻っていたものを吐き出して。

その姿は決して美しいものではないと分かっていたけれど。どうか届いて欲しいと思いながら叫び続けた。

 

それでも彼は―――何も言わなかった。肯定もせず、・・・否定も、してくれなかった。

泣き言でもいい。罵倒でもいい。ほんの少しでも反応してくれたなら、何かが変わったかもしれないのに。

 

 

 

もしくは、反応することすら疎ましくなるほどに、愛想を尽かされたのか。

 

 

 

「・・・・・結局、」

 

 

 

一歩、下がる。もう一歩。綱吉はただ黙って立っている。引き止める様子はない。

先程までの激情は嘘のように静まり、諦めにも似た思いが心を支配していく。

 

 

(やっぱり、どうしても・・・駄目なんですか・・・?)

 

 

闇に消えていった言葉たち。立ち尽くすハルに残されたのは、あまりにも悲しいひとつの事実。

 

 

 

「結局、私は・・・・ツナさんの仲間なんかじゃ、なかったんですね」

 

 

 

皆とは別の形で、力になれると思っていた。仲間として、共にあれると。

いや、仲間だと思っていてはくれただろう。しかし蓋を開けてみれば単なる“ごっこ遊び”に過ぎなかった。

あの日怪我をしなければ、もう少しその幻想に浸ったままだったのかもしれない。

 

力のない者がみた愚かな夢なのだと。虚構なのだと。いつまでも、認めることが出来なかったのだろう。

 

 

 

「でもそうですよね。最初からこれは、私の我儘だったんですから」

 

 

 

負担になることを知りながらついて来た。いつの日か、そうでなくなることを願って。

 

そして―――最後まで負担でしかなかったということか。

 

無茶をした自分。毎日様子を見に来てくれる綱吉。それに甘えて、皆にも気を遣わせた。

他に道はあったのかもしれない。ただ、全てはハルが弱いから起こったことに間違いはなく。

 

その結果はどうだった?彼に何をもたらした?

 

 

理性と感情の狭間で苦しんだだろう皆から。綱吉から。

 

 

 

 

――――――本当の笑顔を、奪った。

 

 

 

 

それだけじゃない。

彼がハルの為を思って与えてくれた安寧の場所を飛び出したことで、また・・・・傷つけている。

 

自分よりも他人のことばかり考えてしまう人だから。

 

 

優しいから。優しすぎるから。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ツナさん。私本当は、ずっとあの部屋にいてもいいって思ってたんですよ」

 

 

 

応えは相変わらず返ってこないが、それでも全然構わなかった。

口元に薄く笑みが浮かぶのが分かる。今は泣くべきではないと、分かっていた。

 

 

 

「これでも一応、主任ですし!今回は京子ちゃんが狙われました。次は私がってこともあります」

 

 

 

でもってまた怪我するかもしれないし、はたまた死んじゃうこともありますよね!

 

少し前に反論したこととは真逆のことを口にしてみる。

すると効果は覿面、棒立ちのままだった綱吉は勿論のこと、後ろのリボーンたちもぎょっとして口を開いた。

 

 

その喉から音が送り出される前に―――畳み込む。

 

 

 

「皆さんにご迷惑を掛けるのは私の本意じゃないですし。どうしようもないなら、なんて思ってたんですけど。

 

・・・・っでもツナさん、最近鏡見ましたか!」

 

 

 

びしりと指を突き付けて。意識して真面目な表情を作って。

 

 

あの部屋から出てここに来るまでの間、何度も何度も迷い続けた。本当にこれでいいのかと。

時間が経てば傷が癒えるように、彼も笑顔を取り戻してくれるかもしれない。

また同じことを起こす危険を冒してまで部屋を出る必要があるのか。本当にそれでいいのかと。

 

 

でもその下らない思考は、『外』で綱吉に会った瞬間、宇宙の彼方に吹き飛んだ。

 

 

 

「見るからにものすっっっごく疲れてますよね。あ、そういうツナさんも素敵ですけど!」

「ちょ・・・おいハル、お前何言って」

「でも私としてはやっぱり元気なツナさんの方がもっと素敵だと思います!!」

「てめ、こら聞いてんのか!?」

 

 

 

獄寺の叫び声に思わず作り物ではない笑みが零れた。そうだ、もっともっと明るく喋らなくては。

普段のように。元気一杯に。それだけが取り柄なんだからと、何度も自分に言い聞かせる。

 

 

――――泣き虫な己の目から、雫が溢れてしまわないように。

 

 

 

「それって私があの部屋に暮らし始めてから、ですよね?」

「・・・・・・・っ、」

「はひ、否定しても駄目ですからね。リボーンちゃんから調査済みですもん!」

 

 

 

部屋では決して見せることのなかったその姿、表情に。何をしなければいけないかを、・・・・悟った。

 

勿論、説得できるのが一番だったけれども。もしも出来なかったら、その時は―――――

 

 

 

「ツナさんがそんな風になるなら、嫌です。あの部屋になんて居たくありません」

「、でも、ハル!あそこが一番、安全で・・・っ」

 

 

「・・・・・・・・・・ええ。分かってます」

 

 

 

ふと、この期に及んでもまだ期待していた自分に気付く。綱吉の答えは変わらないのに。

多分どこか自惚れていたのだろう。彼はいつだって、ハルの我儘を受け入れてくれたから。

 

 

ああ、でもそれも、もう終わりだ。

 

 

あの部屋にいても負担になり、あの部屋から出ても、負担になるなら。

 

 

 

 

「だからツナさん、」

 

 

 

(そこまで追い詰めてしまったのは、私の弱さ、だから)

 

 

 

 

 

「ここで――――お別れしましょう」