仲間だった。

 

彼女は間違いなく、仲間だった。

 

 

 

 

 

ハルが己の記憶を取り戻そうとしなかった理由。多分骸はそれに心当たりがあるのだろう。

リボーンはあの部屋で交わした彼女との会話の全てを思い出そうと努めた。

 

そもそも会った時間は少ないけれども―――自分が最も核心に近い話をしていただろうという憶測は立つ。

 

 

 

「・・・・・そういえば」

 

 

 

何か手がかりはないかとざっと記憶を巡って、唐突に閃いた光景。

説得され、協力することを決めて。まず骸の術を解いてはどうかと言ったとき、ハルは何と言った?

 

――最後でいい。そう言ったのだ。“最後の最後、ツナを説得できたその後で”、と。

 

 

 

「それ、ツナを説得できなきゃ記憶が戻らなくていいってことじゃね?」

「何の為にだよ。俺だったらごっそり記憶がないなんてぜってー耐えらんねー」

「ではこういうのはどうです?・・・・その記憶そのものが、邪魔になった、とか」

「邪魔ぁ?」

 

 

 

直接話してみて分かったことだが、骸が消したのは苦痛に繋がる感情と、ハルの記憶の一部分。

残っていたのは、生まれてからイタリアに来るまでの十数年分の記憶。ただし自力でここ数週間の記憶は思い出した。

そして気に入りの菓子など、マフィアとは関係のない日常のちょっとしたことなら覚えているという。

 

となると、現在消されているのはマフィアの一員として暮らしてきた時間ほぼ全て。

 

 

(その記憶が邪魔になる場合・・・?・・・・・・・っまさか!)

 

 

 

「骸。お前はそれが、“理由”だというのか」

「・・・・ええ。ハルは非常にボンゴレ思いですからね。そして多くを知りすぎている」

 

 

 

所有する情報量だけなら、もしかしたらボスをも凌ぐかもしれない。

ボンゴレの重要機密。決して外には漏らせないものも大量に彼女の頭に入っていたはず。

 

 

 

「―――逃亡するのにそれは邪魔でしょう」

 

 

「悪用するなどという考えは、そもそもあいつにはない」

「彼女が主任であると知っている人間はごく少数です。しかし、零ではありません」

「古参共が知ったら消せと五月蝿いだろうな」

「だからこその処置、ですか。妥協ともいいますね」

 

 

「そこまで―――」

 

 

 

一度それを理解してしまえば、後は簡単だった。全てに説明がつく。辻褄があう。

ボンゴレから逃亡することで起こりうる、あらゆる可能性を考慮した結果が、これか。

仕事ぶりからその慎重さは窺えていたが、まさかそこまで用意しているとは思わなかった。

 

 

いや、そこまで必死にならなければ―――何も変えられないと思ったのだろうか。

 

 

骸との会話で、最初は訝しげな顔をしていた山本達も次第に状況が飲み込めたらしい。

 

さっと顔色を変えた彼らは慌ててハルの方へと振り返り、悔しそうに顔を顰めた。

 

 

 

「あ、あんの、アホ女・・・っ」

 

 

 

そう、気付いてしまったからだ。・・・・・どうにも出来ないことに。打つ手がないことに。

 

ハルは綱吉を説得しようとした。そして、出来なかった。それが全てなのだ。

あれだけ勇気を振り絞ってぶつかったにも関わらず、綱吉は意見を変えなかった。

 

あの部屋に留まることを、未だに望んでいる。しかしもうハルはそれを許容できない。

一生あの場所で暮らしたところで、絶対誰も救われないと気付いてしまった。

 

 

深い後悔に少しずつ心を蝕まれていくだけなのだ。彼も。彼女も。・・・自分達も。

 

 

 

だから――――ボンゴレから。綱吉の傍から、去る決心をしたのだろう。

 

 

 

「引き止める権利は、誰にもない」

「それが出来るのはひとりだけでしょうけどね。しかし今の彼ではとても・・・」

 

 

 

リボーンがしてやれるのは、あのちっぽけな部屋を出る手伝いをすることだけだった。

そしてもう二度と戻らせないこと。自由になるのを、止めないこと。もうそれしかない。

 

 

 

「新たな幻術は多分、クロームです。心配は」

 

「骸。・・・・・・俺達は、失うのか」

「・・・・・・・・・。奇跡でも、起きない限りは」

 

「――ああ――――」

 

 

 

奇跡か。

 

そんなものに縋るようじゃ、マフィア失格だろうがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ。月、隠れちゃったね」

「・・・・雨に、なるかも」

「うーん。ハルちゃん、濡れないといいけど」

 

 

 

綱吉達がいるところから、ほんの数百メートル離れた場所に黒い車が一台。

人目を憚るように停められた車の中には、二人の女性が座っていた。

 

 

 

「話し合い。随分、長いね」

「・・・・・うん」

「うまく、いってないのかな」

「・・・・・・・・・」

 

 

「ね、ね。ちょっとだけ、見に行ってみない?」