それは、今のハルに出来る、精一杯の強がりだった。

 

 

 

 

 

―――ありえない。

 

(ありえないって、・・・なあ、そうだろ・・・?)

 

 

そんなことあるはずがない。彼女が、・・・ハルが自分から離れていくなんて。

だってずっと一緒だったんだ。イタリアに来てすぐは離れるしかなかったけど、でも今は違う。

途中大変なこともあった。それすら乗り越えて来たじゃないか。誰かに頼り切ることなく。

 

ずっと頑張っていたハルを、知っているんだから。――だから。

 

 

 

『どうして・・・っどうして今更、そんなこと言うんですか!十年、そう、十年も経った今になって!!』

 

 

 

これ以上傷ついてほしくなかった。誰かの為にじゃなくて、自分の為に生きて欲しかった。

一生残るだろう傷を背負ってまで、頑張る必要なんかないんだ。

 

今まで、もう十分すぎるほど頑張ったんだから。だから――だから?

 

 

(・・・何か、おかしい)

 

 

ちくりと頭の隅に痛みが走る。何がおかしいのか分からないが、とにかく何かがおかしい。

ずっと疑問も持たずこの瞬間まで来た。それなのに今、矛盾を感じている。

 

イタリアに来る前、一緒に頑張っていこうとハルに告げたその言葉に嘘はない。今もそう思っている。

しかし、あの部屋にずっといて欲しいと思うこの気持ちにも、嘘はないのだ。

 

 

決して両立しえないその言葉たち。ああ何かを言わなくては、このままではもう――

 

 

(俺は―――何を、言った?)

 

 

そして、気付く。それは、漸くと言っていいほど、遅くて。

銃を使えるだけでは駄目だと。何の保証にもならないと突き放したのは、他でもない自分だった。

 

その事実に気付いてはっと目を見開いた綱吉に追い討ちをかけるように、彼女は更に笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心配、しないでくださいね」

 

 

 

最後だと思うと、本当の感情を隠して笑うことさえ苦痛ではなくなった。

やっぱり好きな人には泣き顔なんかじゃなく、明るい笑顔を覚えていてほしいから。

 

ああでも、とふと思う。あの部屋から出た後にしてきた工作が無駄にならなくてよかった、なんて。

 

 

 

「心配しないでください。もう大丈夫なんです。・・・全部」

 

 

 

これでボンゴレファミリーに迷惑をかけなくても済むから。それだけは安心できる。

 

あとは元凶である自分が消えればいい、だけ。

 

 

 

「・・・っ、ボンゴレを、出て行く・・・?」

「はい。もう皆さんと会うこともありません」

「だ、だったら!こんな場所で、これからどうするつも」

「大丈夫です。今までちゃんと貯金してますし」

「――情報部、そうだ、情報部はどうするんだよ!」

 

「もう手は打ちました。・・・ツナさん。心配は、いらないんです」

 

 

 

情報が漏れたら、とか。そんな事考えもしてない綱吉の姿が少し嬉しい。

もちろんいけないことだとは分かっている。そのあたりはリボーンや骸が上手くやってくれるだろう。

術が解けていない以上、ハルの意思など関係なく自由にそれを強化することができる。

 

“マフィアとして暮らした生活の殆どを覚えていない”という言葉を信用出来なかったとしても

如何様にでも対処できるというわけだ。その選択肢を、わざと残しておいた。

 

 

これからも―――生きていく為に。

 

 

 

「ハル・・・・!」

 

 

 

綱吉が今声を荒げて心配してくれているのはきっと、この先ハル一人で過ごしていく生活のこと。

 

この人はいつも自分のことより他人のことを考えてしまうから。

周りが傷つかないかどうか、不幸にならないかどうか。そんなことばかり考えているひとだから。

 

 

―――そんな優しい彼を黙らせることの出来る、魔法の言葉を知っている。

 

 

 

 

「私は、幸せになります」

 

 

 

 

ほら、黙った。

 

 

 

「幸せに、・・・なるんです。だってほら、私まだ花の20代ですもん!まあツナさんほど素敵な方は

世界中どこを探したっていないと思いますけどね!」

 

 

 

誠実で優しい人を見つけて。子供を産んでマイホームを建てて住んで。

虚を突かれた様子で立ち竦む綱吉に、そんな、日本にいたころ描いていた夢を語る。

 

その生活は決して裕福ではないかもしれないけど、平凡で、ごくごく普通の、それでいてどこか暖かい――

 

 

 

(・・・・・・できっこ、ないです)

 

 

 

そう、出来るわけがない。だって自分は忘れないから。たとえ術を強化され、再び記憶を消されても。

あの日人を殺したことを――絶対に忘れない。この両手を血で染めたことを忘れない。

 

だから何も知らなかった頃には戻れない。幸せになる?・・・・・・彼の、いない世界で?

 

 

(でも、そう言わなきゃ――)

 

 

それが彼を説得できなかった結果。望んだ結末ではないけれど、受け入れなければならない。

 

 

ハルは、強い決意を込めて、言い切った。

 

 

 

 

「――私は、幸せになります」

 

 

あなたがいなくても。

 

 

 

幸か不幸か。その言葉は、後ろで話し込んでいる守護者たちには届かなかった。