――逃げなくちゃ。(さあ、何処へ行こう?)

 

 

 

 

 

表情を失くして黙ったままの綱吉から、ハルは初めて目を逸らす。

・・・・こちらを見ているリボーンと目が合った。彼も、何も言わない。

 

それは他の全ての守護者も同じだった。皆硬い表情で――ただ、そこに、いる。

 

 

今ならいけると、そう思った。いや、今しかない。

驚いている今が最高のチャンスだった。そう、もしかしたら最後になるのかもしれない。

彼らの誰か一人でも冷静さを取り戻してしまえば、必ず追いつかれてしまうから。

 

ハルは一瞬でそう計算すると、右袖に忍ばせていたモノをこっそり手の平に落とした。

 

 

ひとつ、ふたつ、みっつ。小さなそれが、今はとても頼もしい。

縋る思いで一度だけ強く握って。きちんとそこに存在していることを確認してから。

 

 

 

そして―――声も高らかに、宣言する。

 

 

 

「それじゃ私、もう行きますね!」

 

「「っ?!」」

 

「はひ、何しろ脱走ですよ脱走!犯罪です!三浦ハル、極悪人ですっ

捕まったら殺されちゃいますよね、ファミリーの掟ですから仕方ないですけど!」

 

 

 

もし、そうなって。殺されたとしても、文句は言わない。だってこれは我儘だから。

 

でも捕まえて殺すのは綱吉達の仕事なのだ。だから―――全力で逃げてみせる。

 

 

 

「そういう訳なので、皆さん!」

 

 

背中に隠した右手に左手を添えて、それらの栓を抜く。

 

 

「今まで本当に、・・・・・っ」

 

 

思いっきり振りかぶって、ふたつを投げ。もうひとつは、叩き付けるように綱吉の足元へ。

 

・・・・・・落ちていく。

 

 

 

「お世話に、――なりました!!」

 

 

 

かつん、とアスファルトの道路に当たった音だけを残して、それらは同時に爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背を向けて、走る。走る。走る。あの日と同じか、もしくはそれ以上のスピードで。

投げつけたのは、催涙効果のある煙幕である。後遺症などが残る危険性はないが、仕返しの意味も込めていた。

 

一瞬の光の後、周囲に広がる白い煙――だから、彼らがどんな表情をしていたかは知らない。

しかしリボーンのあの様子だと、わざと逃がしてくれたのかも知れなかった。

 

行き先は決めていない。取り敢えずはイタリアのあちこちに作った隠れ家のどこかに身を潜めようと思う。

 

 

(ボンゴレに知られてない所は、まだいくつか残ってます・・・!)

 

 

そして誰も知らない口座にある程度の貯金がある。しばらくはこれで食い繋げるはず。

落ち着いたら――どこへ行くか、決めればいい。日本には決して帰れないけど、それでも。

 

 

(・・・ごめんなさい、京子ちゃん。せっかく・・・)

 

 

部屋でぼうっとして時間を無駄にしてしまったハルを、折角、あの場所まで連れて行ってくれたのに。

 

 

 

行こう、と言って優しく笑った彼女の声が甦り、―――涙が、零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は、笑顔だった。最後の最後まで、笑顔だった。

でも背を向ける一瞬、そのほんの一瞬だけ泣きそうに見えたのは・・・気の所為だったのだろうか。

 

思わず追いかけそうになった手は、煙に視界を奪われて何も掴めはしなかった。

 

 

 

「っは、あいつ、こんなもん何処で手に入れやがっ・・・」

 

 

 

げほごほと苦しそうな息の下で獄寺が言う。特殊な煙幕、護身用にと今まで色々渡してきたが、そのどれとも違う。

あの部屋にはこんなもの置くはずない。自分で調達した?いつ?それとも・・・・・・誰か、が?

 

 

 

「おい山本、てめえか?!」

「・・・げほっ、・・・、いやいや、俺が持ってったのはハルの銃だけだって」

「・・・・・・ちっ。その所為で脅されたのかよ、俺は・・・」

「お前こそ違うのか?これも爆弾だろ。気付かないうちに奪われたとかさ」

「俺はダイナマイト一筋だっつの!つか、アホ女にはこの場所のことしか教えてねぇよ!」

 

 

(・・・銃?そんなものまで持っていったのか。危ないのに・・・)

 

いや、そんなこと考えても仕方がない。彼女は行ってしまったんだから。

手は届かなかった。届かせるつもりがあったのかさえ、疑わしい。

 

 

 

「雲雀。お前は?」

「部屋のパスワード。そういう妙な武器は詳しくないよ」

「となると、了平・・・」

「む。爆弾など邪道だ!拳で語れ!!」

「・・・は、論外でいいな。で、骸は確か」

「今回ばかりは蚊帳の外でしたからね。お話に加われなくて残念です」

 

 

 

これは、喜ぶべきことなのかもしれない。

イタリアに連れてくるべきではなかったと、自分でそう思ったじゃないか。

 

そして彼女は出て行った。掟を破って脱走した以上、二度とボンゴレへは戻らない。戻れない。

 

 

 

「クロームも幻術が使えますし、そういった爆弾には疎いと思いますが―――」

「言っておくが、俺は連絡係を務めてただけだぞ。最後はツナのお守りしかしてねえ」

「おや、そうなんですか?おかしいですね」

「そういうのを渡しそうな姉貴は今、外国だしな」

 

 

 

もう、二度と――会うことも、ない。

 

諦めにも似た想いを抱えて、綱吉は目を閉じる。これで、良かったんだ。そうだろう?

少なくともハルは、安全な場所で生きていけるんだから―――

 

 

 

 

 

「どうして、追いかけないの?」

 

 

 

 

その時。

淀んだ空気を切り裂いて、どこまでも真っ直ぐに響いた声。

 

 

それは、綱吉に対する断罪に等しかった。