好きだった。本当に、好きだった。
―――だから、こんなところで立ち止まって欲しくない。
青に、溶ける
気付いたのは、いつだっただろう。始まりは、いつだっただろう。
自らを傷つけてでも大切なものを守ろうと必死になる彼の姿に、暖かなものを覚えるようになり。
ふとした時にはいつも目で追っていた。他の誰でもない、彼だけを。
それでも毎日が楽しくて、それがどういう感情なのかを突き詰める気にもならなかった。
ここまま、こんな平和な日常が続いていけばいい、なんて。そんなことを思っていた。
はっきりと変化が訪れたのは高校を卒業したときくらいだった。
多分水面下では色んなことが起こっていたのだろう。兄も、何度か家を空けていたから。
何が起こっているのか?・・・・それを直視する勇気は、なくて。
イタリアに行く―――そう言って長い間帰らなかった兄をただ待つことしか出来なかった。
淡く儚く、ゆっくりと育てていた小さな想いは、いつの間にか形を変えていた。
『―――ツナさん、お帰りなさい!』
『うわハル!ちょ、いきなり抱きつくなよ!!』
皆が帰ってくる。その連絡を受けて、迷いなくハルを誘って空港まで迎えにいった。
・・・・・そこで見た光景に、息が止まりそうになった。
『心配したんですからね!ご無事で何よりですっはひー!!』
『いやここ空港だから!皆見てるし!』
『うふふ、抱きつきの刑です!えいっ!』
『なってめーアホ女!十代目から離れろ!!』
少し前まで、同じような日常が繰り返されていたのに。同じだと、思いたかったのに。
(ねえ、気付いてる?)
(今、君がどんな顔をしてるか―――)
見てるこっちが幸せになれるような、そんな綺麗な笑顔でハルが笑う。
それを間近で受け止める彼も柔らかな笑みを浮かべていた。何かを慈しむような、そんな・・・・
瞬間、京子の胸の内に蟠っていたものがすとんと落ちた。
好き―――だった。
いつの間にか―――好き、に、なっていた。
彼を。沢田綱吉を。どこまでも広がる大空のような少年を。
(ああ、今更気付くなんて)
全てが変わってしまった、今になって―――――
あの部屋がおかしいことは、最初から分かっていた。
詳しいことは誰も兄も教えてはくれなかったけど、何かがおかしいことは分かっていた。
怪我をして、療養しているだけなら分かる。彼女は情報部主任なんて重要な役職についているのだから。
だけどそれだけじゃなかった。
何度も何度もあの部屋に足を運ぶうち、それは確信となって京子の心を重くさせていった。
そして―――日々、少しずつ翳りを帯びていく綱吉も。
『ツッ君・・・あの、大丈夫?』
『え?うん、俺は大丈夫だよ。・・・心配しないで』
どうにも耐え切れなくなって問いかけた。でも、何でもないよとかわされてしまって。
その心に触れることを、拒絶されてしまった。多分彼自身にはその自覚はないのだろうけれど。
ちくりと痛む胸を抱えつつ、誰の言葉も届かないのだと一旦は諦めかけた―――その時だった。
クロームが教えてくれたのだ。ハルが、部屋から出ようとしていると。
「違う・・・っ俺はただ、ハルの為を思って!」
「嘘だよ!」
・・・嬉しかった。彼女の言葉なら、もしかしたら届くかもしれないと思った。
「ハルちゃんの為なら、閉じ込める必要なんてどこにもなかった!記憶を消す必要なんてなかった!」
「京子、ちゃ」
「ツッ君、ハルちゃんはね、全部覚悟してここに来てるんだよ。私が捨てられなかったものを全部捨てて
ここに来たんだよ。怪我することだって、死ぬことだって、全部覚悟して来てるんだよ!」
でも、届かなかった。何も変えられなかった。
それは彼女のせいじゃない。途中からずっと見守っていたから分かる。
「誰かを傷つけてその命を奪った罪だって、全部背負う用意があったんだよ!それなのに!」
彼が。その言葉を受け止めるべき、彼自身が。
―――最初から背を向けて耳を塞いで、逃げていたからだ。
「弱いって決め付けて!背負わなきゃいけないものまで取り上げて!ハルちゃんを何だと思ってるの?
・・・・十年間頑張ってきた全部、欠片だって、ツッ君が自由に出来るものなんてないんだよ!!」
綱吉がしたことは人間として最低だと思う。それでも何故そうしたいと思ったのか、分かっているだろうか。
傷ついて欲しくない。守りたい。
その為には離れるのが最も安全なのに―――それでも、傍にいて欲しい。
この相反するものが一体何という感情から来るのか、彼は、知っているのだろうか。