その先を、求めてはいけないと思っていた。

 

 

 

 

 

本当に自分が望んでいたこと。少なくとも、今のこの状況でないことは確かだ。

では何だったのか。

 

彼女が日本に帰って幸せになってくれることだったのか?それとも、あの部屋で笑っていてくれることだったのか?

 

 

(―――――・・・・分かってる。本当は・・・・違うんだ。でも)

 

 

無意識にぐっと拳を握り締めて、爪が食い込む痛みにふと我に返る。

 

間違っていることを知りながら止められなかった、いや、止める気さえ起こらなかった事実は変わらない。

これはハルの為なんだからと嘘を吐いて。京子に真正面から指摘されるまでずっと、逃げていた。

 

 

そんな自分が一体何を言えるだろう。やり直すチャンスは、何度もハルが与えてくれていたのに。

 

 

 

「・・・・・ツナ。お前は、何でハルを連れてきた?」

「・・・・・・・・」

「危険だと分かっていたんだろう?だから最初は切り捨てた」

「っ!リボーン、そんな言い方は」

「何が違う。ハルの気持ちはてめーが充分わかってた筈だぞ」

 

 

 

リボーンの言葉が心に突き刺さる。長年家庭教師なだけあって、こちらの心情などお見通しらしい。

それが痛くもあり、頼もしくもあった日々が頭を巡る。・・・・説教だけは今でも食らっているのだが。

 

静かな声音が酷く優しい分余計に、惑い、うろたえてしまう。

 

 

 

「―――とはいえ、条件付きで赦したって聞いたときは正直驚いたがな」

「それは・・・!ハルが、」

 

 

 

泣くから。と、続けようとした言葉は音にならずに消えていった。

 

全ては手遅れになり、ハルが居なくなってしまった以上、・・・綱吉が皆に嘘を吐く必要もなかった。

彼女が泣くから赦したのではないのだ。もちろん、心が動いたのは事実だけれど。

 

 

 

しかしそれよりももっと強く揺るぎ無い理由は――――――

 

 

 

「ハルが・・・・・ハルが。・・・・笑ってくれる、から」

「・・・・・ツナ」

「いつだって、本当に、心の底から―――笑ってくれるから。だから」

 

 

 

ずっとその笑顔を見ていたかった。辛いことや悲しいことがあっても、その笑顔に会うだけで救われる気がしていた。

嘘偽りのない笑顔。イタリアに来てからは更にそのありがたさに気付かされて。

ボンゴレ情報部主任にまでのぼりつめても、一片の翳りさえも見受けられずに、変わらない。

 

そうしていつのまにか手放せなくなったことに気付いた頃に・・・・・・・あの事件が起こってしまった。

 

 

 

「っ、怖かったんだ!傷ついて、もし二度とハルが笑わなくなったら、俺は―――」

 

 

 

光を失うのが怖かった。あの笑顔を失うのが怖かった。自分だけに向けられた好意を失うのが怖かった。

だからこそ、記憶を奪ったのだ。そして閉じ込めた。自分の為だけに。自分を守る為だけに。

 

 

 

 

「――――で?」

 

 

 

微かな金属音と共に、シンプル極まりない言葉が落とされる。リボーンこそ人の話を聞いているのだろうか。

確かに自分勝手な告白ではあるが、まるっとスルーされると流石に傷つく。

 

抗議を込めた非難の視線を送ろうと綱吉が顔を上げると、額のど真ん中にぴたりと照準を合わせられていた。

 

 

 

「ちょ、お前なに、待っ」

「ごちゃごちゃぬかすな、鬱陶しい」

「いやいやいや!そもそもリボーンが聞いてきたんだろ?!」

「うるせえ」

 

 

 

死ぬ気弾撃ちこむぞ、などと言われやけに懐かしい単語に浸る間もなく。

 

 

 

「つまりはお前、―――単にハルに傍に居て欲しかったんだろ?」

 

 

 

即座に続けられた言葉に綱吉は何故か―――何故か、息が止まりそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を見開いて硬直した綱吉に、リボーンは密かにほくそ笑む。

笑顔だ何だと難しいことを考えるから煮詰まるんだ。だから分かりやすく一から説明してやればいい。

 

ましてこいつはこういう小学生並みの単純な言葉には酷く弱い傾向がある。

 

 

(イタリアで会う女はどれも百戦錬磨だからな。ハルや京子のようなタイプは少ないだろうよ)

 

 

十年、淡いまま閉じ込めてきた心は幼いまま成長していない。ならば今、無理矢理にでも開かせる。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・リボーン」

 

 

 

長い長い沈黙のあと、躊躇いつつも口を開いた愛弟子。いつまでも世話の焼ける野郎だ。

 

 

 

「何だ。違うとでも言いたいのか?」

「そうじゃ・・・・なくて。いや、そうなんだけどそうじゃないっていうか」

「お前はハルに傍に居て欲しい、ハルはお前の傍に居たい。それで何が問題なんだ」

「な・・・・っ!ハ、ハルがそ、そうだとか、お前何言ってんだよ!」

「・・・・・・・・・・」

 

 

 

こいつ真剣で撃ち殺してやろうか。と物騒なことが頭に浮かんだのを誰が責められるだろう。

あれだけのことを言われておいて、まだ何も知りませんなどと戯けたことを言うつもりか?

 

じわりと多少本気な殺気を込めて見やる。すると綱吉は慌てたように身体を震わせ、言葉を重ねてきた。

 

 

 

「だからって、俺のしたことが消えるわけじゃないし!また間違って―――傷つけたら」

「・・・・・それは言い訳にしか聞こえねえぞ」

 

 

 

それ以外の何ものでもない。しかし何故ここまで追い詰められているのに渋るのか。答えはひとつしかない筈なのに。

綱吉のいっそ感心するほどの優柔不断さに、リボーンは敢えて、・・・敢えて、最後の止めを刺す。

 

 

――――彼の本音を引きずり出すために。

 

 

 

「それとも何か?人を殺したハルには、もう用は―――」

「違う!!」

 

 

 

終わりまで言い切る前に、遮られた。はっきりとした怒りと共に。

本当に馬鹿が過ぎる。ここでまた揺らぐようなら見捨てるところだったが―――全く。

 

 

(ここまで言わせた責任は、取って貰うからな)

 

 

綱吉はその瞳に強い力を込めて、こちらを見据えて痛みを堪えるように叫ぶ。

 

 

 

 

 

「だってそれは俺の―――我儘、だから!」

 

 

 

んなもん、今に始まったことじゃねーだろうが。このダメツナ。