もう一度君に会えたら、そのときは。

 

 

 

 

 

冷たい雨が降り注ぐ中、綱吉は全てを曝け出すように言葉を紡ぎ続ける。

 

 

 

「全部―――俺の我儘だったんだ。ハルを連れてきたのも、あの部屋を作ったのも」

 

 

 

マフィアという血塗られた道を歩む上で、あの笑顔に救われていたかった。

それを失うのが怖くて、守りたいという理由をつけて閉じ込めて。傷ついて欲しくないという欺瞞で記憶を奪った。

 

彼女自身の意志も、何を望んでいたかも知ろうとしなかった。……知る必要などないと思っていた。

 

 

(傲慢だったと、今なら痛いほど分かる)

 

 

 

「俺は、ハルを信じてなかった。耐えられる筈がないと思い込んで、守ったつもりになってた」

「……………」

「最低だよな。ハルは…俺が思うよりずっと強くて、とっくに覚悟が出来てたのに」

 

 

 

動揺して相手に怒りをぶつけるしか出来なかった綱吉に対して、傷ついた彼女はファミリーのことだけを考えていた。

京子を守ることを。“ボス”を守ることを。ひいては――――綱吉自身のことを?

 

 

 

「……俺が、間違ってたよ」

 

 

 

そっと目を伏せる。胸に渦巻くのは、後悔というよりも…漠然とした寂寥感だった。

 

覚悟をしていなかったのはこちらの方だ。何の用意もせず、彼女が駆け上がってくるのをただ見ていた。

地位が上がるにつれ、危険がより増していくことを誰よりも理解していたのは他ならぬ自分なのに。

 

 

 

「ここまで付き合わせて、悪かった。それとありがとう。止めないでいてくれて」

「…………………ダメツナが」

「うん、ダメツナだ。ここまで手遅れにならないと気付けなかったんだから」

 

 

 

もしも。もしもあの時、リボーンや他の皆に力ずくで止められていたなら、どうなっただろう。

壊れていた―――かも、しれない。もしくは、誰かを壊していた―――かも、しれない。

 

ボンゴレすべてを巻き込んで、尋常でない被害を出してしまったかもしれない。

 

 

(でもその代わりに、彼女をこれ以上ないくらいに傷つけた)

 

 

自分の我儘で振り回すだけ振り回して、十年という長い月日を踏み躙って。

与えてくれた最後の機会すら、耳を塞いで選ぶことを止めた。離れていく彼女を引き留めもしなかった。

 

 

 

―――それなのに、今更傍にいて欲しいって?

 

 

 

「駄目だろ、リボーン。一体どの面下げて言えっていうんだよ?」

 

 

 

それこそ。

 

それこそが、今まで決して口にすることのなかった、『沢田綱吉』最大級の我儘じゃないか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わず視界が滲む。流れ出る雫は、止めようがない。

暖かな涙は冷たい雨と混ざり合って、昏いアスファルトに落ちていく。

 

広がる静寂―――を、最初に破ったのは。心底呆れたような、雲雀の呟きだった。

 

 

 

「…………君、馬鹿なの?」

 

 

 

は、と疑問を感じる前暇もなく、それに追随するかのような言葉があちこちから漏れてくる。

 

 

 

「これは…なんというか、その、極限に鈍いのではないか?」

「いいんですか?ボンゴレ。鈍いなんて、了平君に言われたらおしまいですよ」

「でも骸様…これって、おしまいとかの次元じゃないって…思う」

「おーおー、言われてんぞツナ!どうすんだよ!」

「……すみません十代目。流石に俺でもフォロー出来ないっす……」

 

 

 

激しくボロクソに言われているように感じるのは気のせいだろうか。というか、見放されてる?

綱吉は瞬時に止まってしまった涙の痕をこすり、呆れを隠そうともしない仲間たちに目をやる。

 

 

(な、なんか凄まじく居た堪れないんですけど――?!)

 

 

その視線がぐさぐさと深く突き刺さり、酷くダメージを受けた綱吉に更なる追い打ちがかかった。

 

 

 

「………ぷっ」

「わ、え、京子ちゃん?!」

「ツッ君って……本当に、鈍いんだね?」

 

 

 

クロームに肩を抱かれたままの京子は、軽く肩を震わせながら涙を拭って笑う。

切なさの残る瞳に罪悪感が刺激される。それでも先程までの険しい色は消えていて、少し安心―――する暇もなく。

 

 

 

「笹川兄妹に言われちゃ、救いようがねえな。このニブツナ」

「はぁっ?!んだよ、お前までっ!」

「さっきのしおらしい態度は嘘だったのか?おい、本当に反省してるんだろうな」

「っ、当たり前だろ、だから俺は――――」

 

「ツナ」

 

 

 

ぴしゃりと遮られても、今度は文句ひとつも出なかった。反射的に身構えて言葉を待つ。

するとリボーンはやけに真剣な顔で――勿論銃をこちらに構えつつ――にやりと笑って、言った。

 

 

 

「間違いだらけのダメニブツナに、ひとつだけ教えてやる。一応俺達にも責任があるからな」

「――――――――」

「お前が間違えた理由は、たったひとつだ。ハルをイタリアに連れてきたことか?情報部主任のことか?違うだろう」

「リボーン……?」

 

 

「言い忘れたんだよ、お前は。何よりもまず最初に言わなきゃいけないことだったのにな」

 

 

あの部屋を作る前に。出来れば本当は、もっと前に。

 

 

「まあ、コレの前後にどんな言葉をつけるかはお前の自由だが―――」

 

 

 

頼もしい家庭教師は揶揄うような笑みを浮かべつつ、綱吉の耳元でそっと一言、囁いた。

 

 

 

 

『           』

 

 

 

 

かちり、と頭の中で何かが音を立てた。それは単純な――笑いたくなるくらい単純なこと。

 

 

 

「………………………俺って、もしかして」

「もしかしなくても馬鹿だ。しかも超弩級のな。それは保障してやる」

「いやそんな保障いらないから!……でもリボーン、ハルってイタリア全土に隠れ家持ってるんだけど」

「死ぬ気で探せ。その血は飾りか?」

「……っ」

 

 

 

たかだか一時間超のハンデ。

とはいえ、彼女を甘く見て散っていった愚かな男共を知っているから、油断は出来ない。

 

 

(………ハルは、そういうところもプロだったんだよな)

 

 

そうなると一分一秒も無駄にはしてられない。国境を越えられると流石に厄介だから。

 

 

 

「皆――俺さ、ちょっと散歩してくる。ついでに鬼ごっこも」

「……十代目。あの、明日、会議あるんで。その」

「分かってるよ。なるべく早く戻るから――― ………獄寺君、ありがとう」

「い、いえ俺はっ!」

 

 

 

「さっさと行けこの超弩級の馬鹿ダメニブツナ。“朝帰り”しやがったら殺す」

「だっ、誰がするかそんなこと―――!!」

 

 

 

 

 

今まで、君がそうしてくれていたように。

 

―――今度は俺が、追いかけるから。